2011年12月23日金曜日

野田総理大臣の原発事故収束宣言2日後、原子炉から放射能汚染水漏出!

東電の原子炉が漏出している高濃度の放射能汚染水が、処理システム外に230トンも流出した。

漁民は太平洋の放射能汚染で操業停止状態に追い込まれているが、今後、わづかでも海に放射能が漏出や放出されれば、さらに操業が先に延びる。

被害者の窮状の痛みに鈍感な民主党の野田総理大臣再任中は、放射能を情報をフォローして、鈍感総理に対する怒りの火を絶やさないことにしたい。

2011-12-19 IBTimesより

2011年12月19日、東京電力は福島第一原発において、 集中廃棄物処理施設の地下に貯蔵してあった高濃度放射性汚染水が電線用地下トンネルに流出したことを発表した。16日には野田首相が事故の収束宣言をしたが、またしても放射性汚染水漏れを起こしてしまったことになる。
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11121909-j.html


電線用地下トンネルには発見時点で230トンの水が溜まっていた。東京電力ではその水の分析結果より集中廃棄物処理施設の地下の高濃度汚染水が漏れ出し、雨水と地下水が流れ込んだのではないかという見解を示している。

東京電力では、今後、流出した放射性汚染水の水位を確認し対応を検討するとしている。現在のところ、流出したが電線用地下トンネルの方が地下水よりも水位が低いことから、地下水の方へ高濃度放射性汚染水が流れ出す心配は少ないとしている。

2011年12月20日火曜日

福島県知事、野田総理大臣の『事故収束』発言に不快感表明!!

総理大臣の発言が問題になっている。世論は見るべき事を見ている。火事でまだ火も消えていないのに、火は消えたと出火元の家人が宣言した。野田総理大臣の言い訳が、毎度の事だが、これから始まる。

2011-12-18 47NEWSより
 細野氏、「事故収束」の表現陳謝 問題化の可能性も

 東京電力福島第1原発が冷温停止状態に達したとして政府が宣言した 件について、細野豪志原発事故担当相は18日、佐藤雄平福島県知事らとの会談後、記者団に「『収束』という言葉を使うことで事故全体が収まったかのような印象を持たれたとすれば、私の表現が至らず、反省している」と陳謝した。

 野田佳彦首相が記者会見し、国内外に向けてアピールした事故収束の表現が不適切だったと認めるもので、今後問題化する可能性もある。

 佐藤知事は細野氏らとの会談で「収束という言葉自体、県民は『福島県の実態を本当に知っているのか』と思っている」と述べて不快感を示した。


2011-12-19 福島民報より
佐藤知事、政府方針に不快感 ステップ2完了宣言で 

 佐藤雄平知事は18日、枝野幸男経済産業相らとの会談で、政府の東京電力福島第一原発事故の「ステップ2」完了宣言について、「収束との言葉を発すること自体、実態を知っているのかという思いだ」と不快感を示した。
 避難区域の見直しについては、国民の生活権を脅かし憲法に抵触する可能性があるとし「首相が来てしかるべき」と政府の対応を批判した。
 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会の指針で、県内全域が自主避難などの賠償対象にならなかったことにも言及。「全県民を対象にすべき」として、原子力被害応急対策基金を設ける意向を伝えた。枝野氏は「県として具体的に提案してほしい」と述べ、基金に対し国が財政措置することに前向きな姿勢を示した。
 佐藤知事は会談後、記者団の取材に対し、避難区域見直しに当たって常磐自動車道、JR常磐線の早期復旧も要望したことを明らかにした。

■首長も批判

 18日の三閣僚と関係市町村長との会談では、政府の「ステップ2」完了宣言に対し、首長から「検証する手段がない」「信用できない」などと批判が上がった。
 これに対し、細野原発事故担当相は、来年一月にも首長や議長らによる東京電力福島第一原発内の視察受け入れを検討する考えを示した。

2011年12月17日土曜日

事故の基準を誤摩化す「自己中」政治家=野田総理大臣の「原発事故収束」の詭弁は通るか?

野田総理大臣は、原発被災住民や原発労働者をなめていると思う。

彼は原発事故は収束したと2011年12月16日に発表した。
理由は、原子炉圧力容器や格納容器の温度から冷温停止と判断し、さらに原発周辺への放射線漏出が年間1ミリシーベルト以下の見込みだという。
野田さんの説明は、詭弁だ。

原発事故には評価基準がある。レベル0からレベル7までだ。
原発関係者はレベル0からレベル3までは「事故」とは言わず「事象」としている。
レベル0=尺度以下
レベル1=逸脱
レベル2=異常事象  
レベル3=重大な異常事象

レベル4=所外への大きなリスクを伴わない事故
レベル5=所外へのリスクを伴う事故
レベル6=大事故
レベル7=深刻な事故

東京電力の原発は、「事故」と評価された。放射能汚染や爆発によって所外にリスクを負わせたからだ。

2011-3-12 保安院レベル4と発表  =レベル4は「所外への大きなリスクを伴わない事故」
2011-3-18 保安院レベル5に引上げ =レベル5は「所外へのリスクを伴う事故」
2011-3-25 朝日新聞がレベル6相当と報道する=レベル6は「大事故」
       しかし、保安院はレベル5のまま
2011-4-12 保安院がレベル7と発表 =レベル7は「深刻な事故」

メルトダウンしている原発事故を「レベル4」と評価し発表した保安院を民主党政権は追認したが、
今度は放射能漏出を続けている原子炉や、所外に基準の20倍もの放射線を出す発電所に「事故収束」との認識を示した。

2011-12-16 野田総理大臣=「事故収束」と発表

基準によれば「事故」は所外にリスクを及ぼしている間はずっと続く。
原発が施設外に出してよい放射線量は年0.05ミリシーベルト以下としてきた。1ミリシーベルトは基準の20倍もの放射線量を漏出するから「事故中」である。
東京電力と同じ加害者の立場にある国の責任者の野田総理が、「事故は収束」したなどと、ぬけぬけと主張する「自己中」姿勢は通らない。

今、双葉町と大熊町の原発で働く人は危険な事故処理をしているのであって、普通の原発で業務を行っているのではない。
原発外への放射能漏出は続いているから、原発事故被災住民にも通じない詭弁だ。火事でまだ火が消えていないのに、消えたと出火元の家人が宣言しているようなものだ。

被災住民や原発労働者にとって、野田さんは「事故中」の基準を誤摩化して恥じない「自己中」政治家だ。
基準を絶対変えるなとはいわないが、きちんと変える手続きが必要だし、住民への謝罪と説明も必要だ。
しっかりした記者会見も日頃せず、マスコミから逃げ回っている情けない総理大臣が、ちょこちょこ話す程度で勝手に基準を変えてはいけない。説得力もない。

政治家が一番大切にすべきは『倫理』ではないのか? 
何かの理由があっての事なのか、人格や能力が原因かは分らないが、野田さんはダメな政治家だ。

2011年11月27日日曜日

寂聴さんヒット2本。うち、1本はポテンヒット。

NHKで、瀬戸内寂聴さんが東北地方の被災地で行った説法の様子を放映していた。その中で印象的な場面が2つあった。
 一つは、聴衆の心をとらえた快心のヒット、もう一つは豪快な空振りのあとのポテンヒットだった。

 快心のヒットは『苦』を説いた場面だ。
 津波の被災地で、惜しまれるいい人がたくさん亡くなった。説法を聴きに来た人の中に、家を流され肉親を失った人がいた。
 寂聴さんは「どうしていい人が亡くなるのだろう。いい人が死んで、悪いやつが生き残る。理に合わない。でもそれがこの世だとお釈迦様は言う。『だから、この世は苦だ』とお釈迦様は話した。私たちが生きているのは、そういう世だ。そこで生きなければならない」そう説いた。

 豪快な空振りは、福島県飯舘村の主婦から喫した。寂聴さんのバットが捉えられなかったのは『農村の生活』。仏教の得意範囲もよく見えて、微笑ましかった。
 飯舘村の村民を前にした寂聴さん。硬い表情の聴衆の一人の肩を揉んで、和ませた。
 村民の主婦が「一生懸命やっていた農地がだめになった。生活が奪われた」と嘆いた。
 神道の文脈で聴けば、主婦の「生活」は、「命」と同義語。自然に感謝し、自然に生かされ、自然の一部となって生活する生き方が、日本の「農」だ。だから農地は単なる道具や家財ではないし、人間も自然と切り離される存在ではない。田舎で生活すれば、それは自明だ。仏教の『執着』では、噛み合わない。
 しかし寂聴さんは『執着』で立ち向かった。
 「失ったものはあるが、それは失ってもほかのものがある」と説いた。
 当然、空振りだ。
 
 納得できない主婦は「農村の生活は自然と一緒です。農業が生活でなんです」と2球目を投げ込んだ。
 そこで老練の寂聴さんは「そうだね」と、『無常』で主婦の苦しみを受けとめて、2球目をポテンヒットにした。
 
 寂聴さんが初球で空振りしたのは、村民の苦しみが『地震』や『津波』によるのではなく、『核物質』という人類には付き合いの浅いものが原因だったからだ。住民は地震や津波など自然の苦しみは納得も諦めもできて対処もできるが、『核物質』の苦しみには納得も諦めもできない。

 寂聴さんは初球を空振りしても、快心とはいかないがヒットは打てた。

 だが、住民が前に進むには、住民自身が放つ快心のヒットが欲しい。どうすればいいのか、番組を見ながらそう考えた。

2011年11月26日土曜日

東電社員のみなさんへ質問=あなたは何のために電気を販売しているのでしょう

 2011年6月20日に清水正孝社長(当時)が退任すると表明したときに、東京電力の悪い面を『目線』と答えていました。

 「変えなければならない風土として、地域の皆さま、お客さま、株主、そういった方々への目線、マーケットインの考え方を失いがちなところがあります。そういった傾向が強い。まだまだ、外に向けての目線の高さを指摘されます。お客様志向を徹底する必要があります」
 また良い面は、「電力の安定供給を何が何でもやり遂げる点」を上げていました。

 東京電力は、経営者も社員も労働組合も責任を免れない、『原発事故』という重い罪を地域住民に対して犯しています。この罪に『金』『権力』など姑息な策は通用しません。放射能で地域を汚染している企業犯罪の根本的な償いは、企業再生しかありません。

 しかし東京電力は裁判で、原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。原発事故で排出した放射性物質は汚染された土地所有者のものであり、東京電力に除染の責任はないと主張するなど、原子力発電所運転や原発事故に対する姿は、私達地域住民の目には『狂人が刃物を振り回している』ように映っています。

 そこで、清水正孝社長(当時)の指摘に東電社内に賛否はあるでしょうが、的を射抜いていると考える東電社員のみなさんへ質問します。
 清水正孝社長(当時)は東京電力の良い面は「電力の安定供給を何が何でもやり遂げる点」と話していましたが、みなさんは『何のために、電力の安定供給を何が何でもやり遂げる』のでしょうか。

 経営者は何のために経営しているのか、社員は何のために働いているのか。根源的な問いを自身に問い、自身が答える事なしに再生は無く、償いも許しもありません。
 東京電力が東京電力を東京電力の中から生み出さなければならないのです。

2011年10月12日水曜日

大きな問題を素通りしていないか?=9・19「さようなら原発 5万人集会」

9・19「さようなら原発 5万人集会」で語られた言葉は、真直ぐに心に響く。
その通りである。  発言要旨9・19「さようなら原発 5万人集会」

大江健三郎さん、落合恵子さんなど有名人も呼びかけた原発をなくそうという集会だ。
全国から6万人が集まったとの主催者発表だった。一人ひとりの意思表示は尊い。福島県からも多くの人が参加した。

しかし、違和感もある。
集会では語られず、素通りされた放射能汚染物質の最終処理策の問題。
放射能汚染を引き受けようという意志のない、集会参加者の姿に違和感を覚えた。

集会でのメッセージを読むと、だれも放射能汚染物質の最終処分場を引き受けようと発言しなかった。原発事故の収束の最終的策を、他人事のようにしか考えない姿がそこにある。被害者として声を上げた福島県からの参加者も同列だ。

私達が直面している最終処分や廃炉は、推進派も反対派も脱派もさよなら派も関係なく、現在原子力発電所の電気を利用している全ての人の問題として、厳然と存在している。

集会参加者のアピールからは、問題の解決を他人に押し付ける頑なな姿と、正面から向き合わない無責任を感じる。事故処理の最終問題を深く考えず底が浅い。
過酷な福島第一原子力発電所事故を経験しているのに、体験の深化を反映しないのは、いったい何故だろう。

せめて、文学者として集会を呼びかけた大江健三郎さんだけでも『私たち一人ひとりが、自分の住んでいる場所に、放射能汚染物質の処分場を引き受けるために立ち上がろう』と語るべきではなかったのか。
膨大な放射性物質と放射能汚染物質の存在を、他人事のようにしか考えない6万人の姿から新たな未来への展開は見えない。

膨大な放射性物質と汚染物質は、私たちの問題でもあるという痛切な深省がない。
「トイレの無いマンション」と、都会人らしい表現で原発の限界を語る人々の言葉にも同じ根深い病根がある。

「本土で基地移設を君は語るが、その前に、私達の頭を踏みつけている君の足をどけて欲しい。」
雑誌にあった沖縄県民の言葉だ。
基地移設を脱原発に置き換えると、本土と沖縄、関東と福島の関係が同じ状況であることを表す文章になる。

沖縄で基地に苦しむ人達が、本土で平和を旗印に深省なく反基地を語る人に対するのと同じ思いを抱く。

2011年10月7日金曜日

大熊町役場2階にて=福島原発の真実は、ここにもある。

20年ほど前、大熊町役場に行った時の話しです。

役場の2階で人を待っていると、正面にあるカウンターのむこうで職員が大きな声で話しているのが聞こえてきました。
周囲を気にしない声の大きさと話しの内容が、バランスを欠いていたので印象に残りました。

話し手は、町の職員でした。
「東電の社員は、スケールが大きい。我々の物差しでは計れない」
「調べに行ったら、東電は悪いとすぐ認めた。それから、『やった事は無い事にできない。だから町では、会社に幾ら金を出させるか考るのが大切だ』と言う。東電の社員は、本当にスケールがでかい」

要するに、東電が町との約束を守らない事をして、大熊町の職員が調査のため東電社員に会いに行ったら、「これをネタに、いくら金を要求できるか考えなさい」と東電の社員にアドバイスされた。それは予想外の話しで、『東電社員のスケールは、我々とは違う』と何度も言って、感心しているのでした。

大きな声で話せる内容かと神経を疑いましたが、周囲を気にせず話していました。

大熊町にある東電の施設は、原子力発電所関連です。
原子力発電所で起きる深刻な事故は、お金では解決しないものです。
深刻な事故は、ある日、突然起きません。小さな事故の積み重ねの中から起きてきます。

その職員は、違反を『金』で解決しようとする東電社員に対して、疑念や違和感ではなく、『スケールが違う』と尊敬の念を抱いたようでした。

原子力発電所のある町は深刻な事故に向かう弛みを、日常の中で小さな積み重ねの中で、東京電力と一緒に作っていたと思うのです。

県や町は、何があったか全部吐き出さないと、未来に安全はないと思います。
安全が無ければ、原子力発電所の未来もありません。

原子力発電所事故で、電力会社や国、県、市町村が問われているのは、自浄する力です。
人類にとっての核という視点から見れば、脱原発路線に転換するにしても、維持するにしても、問いに答える責任はどちらにもあります。

2011年10月6日木曜日

『しあわせ運べるように』


『しあわせ運べるように』 作詞・作曲  臼井 真
 公式サイトhttp://www.shiawasehakoberuyouni.jp/

 阪神から東北へ
 神戸の子どもたちが歌う東北へのメッセージソング
 http://asahi.co.jp/kodomoshien/






(書籍計208ページ+CD7曲収録)
 定価:1600円(税込)

2011年10月2日日曜日

『福島原発の真実』は、ここにもある。

1997年に郡山市が東京電力に30億円の寄付を要求して、受け取っていたとの報道があった。

東京電力がサッカー場を郡山市に造ると言っていたのに、Jヴィレッジを楢葉町に寄付して、郡山市に造らない事を理由に30億円要求したという内容だ。

こういう行動は、何と言えばいいのだろうか。
タカリ?ユスリ?

30億円は、東京電力管内で電気を使い料金を支払っている住民が負担している。
郡山市は、恥ずかしいと思わないのか。

「福島原発の真実」の、もう一つの顔がここにある。
今回の原子力発電所事故の原因の一つは、モラル欠落だと思うが、福島県民の一部も加担してるのだ。
郡山市は、東京電力に30億円を返して、原発事故対応の資金にあててもらうべきだ。

被害者は、単純な被害者ではなく、同時に加害者でもある苦い事実から視線をそらず、見つめなければならない。



東電に苦情・寄付要求の連鎖 「Jヴィレッジ」契機 ==朝日新聞2011年9月17日3時1分

東京電力が大規模サッカー施設を福島県に寄贈したことをきっかけに苦情や多額の寄付要求が相次いだため、東電が同県郡山市、新潟県柏崎市、刈羽村に計130億円分の寄付をしたことが分かった。そのうち郡山市には寄付の名目がたたないため、県所管の財団をトンネルに使って渡していた。原発マネーへの依存が連鎖し、不明朗な手法も使われた実態が明らかになった。

 東電は1997年6月、福島第二原発がある福島県楢葉町などに130億円でサッカー施設「Jヴィレッジ」を建設し、同県に寄贈。その後、郡山市に30億円、柏崎刈羽原発がある柏崎市と刈羽村にそれぞれ60億円分と40億円分の寄付をした。

 郡山市元幹部によると、東電は93年ごろ、同市に屋根付きのサッカースタジアムを造るという計画を持ちかけてきたという。だが東電はその後、計画の中止を市に通告。楢葉町などにJヴィレッジを建設する構想を発表した。
 市側はこれを受け、「約束を反故(ほご)にした。おかしいじゃないか」と東電に苦情を言った。スタジアム建設のために、市は都市計画を変更することを検討していたという。やりとりする中で、東電は寄付の意向を市へ伝えたという。

 東電は市への直接寄付を拒否し、県全体への寄付の意味合いになることを希望した。東電関係者は「原発の立地自治体ではない郡山市に寄付する根拠に乏しいという事情があった」と話す。市側はこのため、県所管の財団法人「福島県青少年教育振興会」経由で寄付を受け取ることを提案したという。同振興会は市役所内にあり、市内での活動が中心だ。東電が同意したため、30億円の寄付が99年に実行された。寄付金は、市の「ふれあい科学館」の施設整備費にあてられた。

 当時の郡山市長の藤森英二氏は「寄付は市へのおわびの意味合いがあったのかもしれない。財団を通したのは、郡山市への直接寄付を避けたい東電の意向と合致した」と話している。

 一方、福島県にJヴィレッジの寄贈があった97年、新潟県の柏崎刈羽原発で7号機が7月に完成し、すべての建設計画が完了した。市元幹部らによると、柏崎市は、東電に完成のお礼として寄付を要請。この際に意識していたのは、Jヴィレッジの総工費130億円で、「うちも100億円規模」と考えたという。金額の希望は、関係者を通じ東電に伝わるようにした。

 これに対し、刈羽村も東電に村独自の寄付金を希望した。東電は調整した結果、100億円の寄付予算を柏崎市と刈羽村に6対4の割合で配分。柏崎市には07年に建設した公園とその維持管理費、刈羽村には10年に運動施設建設費などを渡した。
 東京電力広報部は「相手先もあるので、寄付の経緯については、答えを差し控える」としている。(野口陽、藤森かもめ)

2011年9月29日木曜日

ノウハウもない環境省の不当な施策は、ザル法で守られる。

除染の基準を環境省が示した。 年間5ミリシーベルト以上しか除染しない。それ以下は、勝手にどうぞ、知りませんという内容だ。

心配していた通りの展開をしている。ちょっとだけ除染すればOKの、核と向き合う理念もない、役人へ丸投げするだけの除染法が動き出した。

 こんな法律を作って、政治家は恥ずかしくないのだろうか。

国会議員は、ザルで水を掬う程度の思考しかしないものなのだろうか?

 国会議員が、環境省の役人に舐められているのを見るのは、愉快なものではない。

たぶん、環境省の役人は『通産の尻拭いを、どうしてこっちでしなけりゃならないんだ。厚生だって、むにゃむにゃ言って後は、知らん顔してる。文部科学もいまだに出来ない事をホームページに出し続けてる。注)ほんと、割にあわないやっかいなお荷物だ』と考えて、いいかげんなのかもしれない。

でも、環境を放射能で汚染された住民にとっては、真剣にやってもらわなければならない仕事なのだ。

注)文部科学省では、「原子力発電所周辺の放射線量目標は0.05ミリシーベルトですが、実際にはもっと下回っています」と住民へ施策の理解を求める広報をしている。国が住民に対して行っている約束だと解釈できる。
約束は守ってもらわなければ困るが、今回の環境省が持ち出した基準の年間5ミリシーベルトは、文部科学省PRの約100倍も緩い。
省は違っても、住民から見れば同じ国(中央政府)が言っている事だ。環境省にも、守る義務と責任はある。


『放射性物質:除染の線引き 説明会で反発の声相次ぐ』 福島  (毎日新聞 2011年9月28日 22時07分)

「毎時0.99マイクロシーベルト)以上の地点を優先して除染費用を国が支援する」との線引きを決めたことに対し、同省が28日福島市内で開いた市町村の担当者向け説明会では反発の声が相次いだ。国は5ミリシーベルト未満の除染を基本的に市町村の自己負担としており、既に除染計画を策定した自治体からは「国は現状を知らなすぎる」と厳しい声が上がった。

国は市町村に対し、年間1-20ミリシーベルトの地域について除染計画を策定するよう求めている。環境省はこのうち5-20ミリシーベルトの地域について、家屋洗浄、表土除去、道路の路面洗浄などの「面的な除染」を国が支援するとしている。しかし県内の大半を占める1-5ミリシーベルト未満の地域については、国の支援は側溝や雨どいなどの洗浄に限り、その他は市町村の負担としている。

除染に関する国の市町村への支援枠は約1800億円。同省はこの日の説明会で「限られた予算の中で優先順位を決めた」と理解を求めた。しかし、2年間で市全域を毎時1マイクロシーベルトまで低減させる除染計画を27日に公表したばかりの福島市危機管理室の担当者は「現場の意識とかけ離れている」と怒りをにじませた。「環境省が示した基準以下の地域でも、局地的に線量が高い所がある。面的に除染をしないと低減目標に届かない」
国が基本的に面的な除染は必要ないとした年間5ミリシーベルト未満の地域についても、福島市は面的な除染を行う予定だ。担当者は「財政支援が行われるよう、国に確認したい」と話した。

除染の線引きに批判が集中したことについて、福島県を訪れていた松下忠洋副経済産業相は報道陣に「作業を始めればうまくいかない場合も出てくる。その時は相談しながら対応したい」と述べた。===【種市房子、町田徳丈、結城かほる】毎日新聞 2011年9月28日 22時07分

「除染ノウハウ、環境省ない」 東大・児玉教授が指摘 ==朝日新聞 2011年9月14日22時38分

福島県南相馬市で放射性物質を取り除く除染作業に取り組む児玉龍彦・東大教授が14日、超党派の勉強会で講演し、政府内で除染の事業を主導する環境省について「ノウハウが全くない」と指摘。
「民間の専門家による第三者委員会を設け、除染の対象や基準を定めるべきだ」と主張した。
野田政権は除染によって出る放射能汚染の土壌について、各地区ごとの仮置き場に集めてから中間貯蔵施設に移す方針を示している。だが、児玉教授は「中間貯蔵施設に移すことは住民感情からほとんど不可能。その場での処分しか考えられない」と語った。 

2011年9月14日水曜日

東電の勝俣会長が、アッカンベー!

悲惨な原子力発電所事故を解明する手がかりとなる事実が出てきたが、東電会長は記者に向かってアッカンベーをした。

AERA2011年9月19日号の『津波予測「不作為」の大罪』(大鹿靖明 記者)を読んで、暗然とした気分になった。

記事によると、東電は2011年8月24日になって、08年に巨大津波の想定をしていたと明らかにした。

東電では2008年4月に国の「長期評価」をもとに、遡上高15メートルの津波が来ると試算していたが、原子力安全・保安院の小林勝耐震安全審査室長には2011年3月7日まで報告していなかった。また、3月7日の報告には10メートルを越えるシミュレーション結果だけで、計算式や対策は無かった。

大津波を想定していたのに、震災後、東電の清水正孝社長(当時)や武藤栄副社長(当時)は記者会見で「想定外の津波」と繰り返していた。

大鹿記者が8月30日に東電の勝俣恒久会長の自宅を訪ねて、問いただすと、
「聞いてないよ」

9月1日に再訪して聞くと、激高して
「そんなん……関係ない!」
彼は振り向きざま私(大鹿記者)にアッカンベーをして、1億2千万円を借りて建てた豪邸に消えた。


悲惨な原子力発電所事故を解明する手がかりとなる重大な事実が出てたきたが、それを問うAERAの記者に、東電会長はアッカンベーをしたようだ。


2011年8月29日月曜日

福島県知事の困惑に、困惑しました。

仮定の話しです。
もし福島県の事業者が福島県民だけが使うものを生産する工場を東京都に作って、
その工場が深刻な事故を起こして周辺を汚染し、東京都民に健康被害の危険性を与えることになったとします。
その汚染は除去できるので、東京都が工場周辺の汚染物質の引き取りを、福島県に要求したとします。きちんと管理すれば、2次汚染を防げます。

その時、福島県民は汚染物質の引き取りを全部拒否して、東京都民だけに押し付けるべきでしょうか。東京都民に対して、福島県民は心が痛まないでしょうか。


8月27日に放射能汚染がれきの中間貯蔵施設を福島県に作ると、菅総理大臣が言ったとき、福島県知事は東京電力管内の自治体でも分担して引き取ってもらえるように調整してほしいと問うべきでした。

また、中間貯蔵は核燃料などの高レベル放射性物質処理の手法であり、
低レベル汚染のガレキ処理に中間貯蔵の必要はない。
がれき汚染問題を先送りするだけの、無用な時間設定だと指摘すべきでした。

福島県知事は、地方政府間の調整を中央政府に要求する場面だったと思います。

20世紀の戦争や公害の悲惨から学んだ教訓は、
人間はだれでも被害者であると同時に加害者でもあり、
加害者は同時に被害者でもあるという事実でした。
放射能汚染はこれまでの公害と同じです。

福島県知事は「困惑しています」などと言わず、
理由をあげて、きっぱり断るべきでした。
困難な道ですが、それが第一歩です。

2011年8月23日火曜日

いわき市の住民登録人口激減。(2011/8/1現在)

いわき市の住民登録人口が激減している。

震災前の2011年3月1日から震災後の8月1日の5カ月間で、住民登録している人口が6,450人減少した。
これは震災前の2009年10月から2011年3月まで2年半の6,401人減少とほぼ同じだ。
震災後わずか5カ月間に、減少速度が5倍に加速した。

2つの期間で、際立った相違点は世帯数の違いだ。
震災後5カ月で1449世帯減に対し、震災前2年半は3409世帯減。
震災後5カ月の世帯あたり人数では1世帯あたり4.5人、震災前の2009年から2年半では世帯あたり1.9人となる。

世帯数と人口の増減は、転入と転出の差と、自然増減の差だ。
単純にとらえると自然減が主因なら世帯数の減少より人口減少が少なくなり、
転出転入が主因で転出世帯あたり人数が転入世帯より大きければ、世帯数より人口減が比較的大きくなる。
また、世帯の中の一部だけ転出すれば、転出世帯あたり人数が多くなる。

震災後5カ月の1世帯あたりの大きな人口減少は、震災で亡くなった方(約300名)と、家族の一部だけの転出要因が大きい。
また世帯数の減少は、家族ぐるみ転出の要因が大きい。

震災前2年半の世帯減少は、家族の一部転出や死亡による自然減にともなって減少する要因が主で、世帯数に比べ人口減少は緩やかだ。

震災後の人口と世帯減少の大きな原因は、東京電力福島第一原子力発電所による放射能汚染だ。
家族の一部だけ転出するケースの一つが新聞で報道されていた。

福島県私立幼稚園協会の調査では、5月19日までに約2,300人の園児が県外に転園したり幼稚園に通うのを止め、いわき市では581人が退園している。
また福島県教育委員会によると、7月15日までに福島県内の小中学生7,672人が福島県外に転校しており、さらに夏休み中1081人が福島県外へ転校を希望している。高等学校では8月1日までに1028人が県外に転校している。
避難区域にある8つの高校への来年度の入学希望者は、定員1120人に対し409人と、定員の3分の1しかなく学校存続に影響を与えている。

放射能汚染を子育て世帯が深刻に受け止めている。

いわき市人口(いわき市HPより)
2011年 8月1日 世帯数 127,305 人口 334,952
2011年 3月1日 世帯数 128,754 人口 341,402

いわき市の人口指標 (平成20年10月1日現在)より
2009年10月1日 世帯数 132,163 人口 347,803 

2011年8月22日月曜日

ほんの少し除染するだけでもOKの法案?? 住民不在で、環境省へ丸投げ。

『放射性物質による環境汚染への対処に関する特別措置法案骨子案』を読んで、ビックリしてしまった。
環境省に丸投げして、フリーハンドどころか、ゴッドハンド付与法になっている。

国民の健康を守るために国が誠意を持って除染するのではなく、形だけアリバイ程度でも除染すればいいと、汚染放置の言い訳の根拠を与える法律になっている。環境省の考えた通り除染して、それで終わりでもかまわないという法律だ。
原子力や放射能汚染と向き合う理念もない、災いの種を撒く悪法ではないのか。

1.除染の目的が「影響を速やかに低減」などとあいまいで、環境省が住民の健康被害の危険性や実態などに耳を貸さなかったり無視して、一方的に目標値や除染対象を決められる。
2.環境省が国民に命令可能だ。(仮置場、中間処理場、最終処理場、処理方法)
3.環境省の責任が明確でなく、都合の悪い事が出ても居直れるし、逃げの口実になりそうだ。

誠実に除染せよと国や放射能汚染原因の会社に命じない住民不在の法律。これが議員立法だというから情けない。
福島県選出の国会議員の賛否を注目しようと思う。

放射性物質による環境汚染への対処に関する特別措置法案骨子案資料
http://www.taniokachannel.com/report/recource0803_5.pdf

朝日新聞 2011年8月18日より
除染・がれき処理法案で国説明
●「責任を明確に」自治体から批判次々
東京電力福島第一原発の事故で放射性物質に汚染された土の除染やがれき処理に関する特別措置法案の自治体向け説明会が17日、福島市内であった。自治体側からは「国の責任をもっと明確にしてほしい」や「具体的な部分が何も決まっていない」といった批判的な意見が相次いだ。
説明会は2日、10日に続き3回目。県内の自治体や一部事務組合の担当者約60人が参加した。
土壌などの除染が必要な地域を環境相が「特別地域」に指定し国が除染する▽より線量が低い場所は「重点調査地域」に指定し県や自治体が除染、必要に応じて国が代行する▽汚染された廃棄物の処理は「対策地域」を指定し国が責任を負う——など法案の概要を環境省の担当者が説明。自治体側からの意見や質問を受け付けた。
中通りの一部事務組合の担当者は「一番知りたい放射性廃棄物の処分場の場所や除染方法について何も触れられていない」と批判。法案が「国民の責務」に触れている点を挙げ、「法律が住民に処分場建設を受け入れさせる道具にならないか心配だ」と語った。
また、中通りの自治体担当者は「具体的にどの場所が地域指定されるのか説明がなかった。指定されなかった場合、国の責任があいまいになることがないようにしてほしい」と話した。
地域指定の基準は、法制定後に環境省が定めることになっている。しかし、説明会終了後、環境省の鷺坂長美(おさみ)水・大気環境局長は報道陣の取材に「法案ができたら、それに従って至急決めなければならない。現時点ではできるだけ早くとしか申し上げられない」と述べるにとどめた。
同法案は議員立法。今後、民主、自民、公明の3党協議を経て、今国会で成立する見通し。(小寺陽一郎)

2011年8月14日日曜日

『福島原発の真実』は、どんな真実か。 

前福県知事の佐藤栄佐久氏の『福島原発の真実』(平凡社)を読んだ。
原子力発電をめぐる国と佐藤栄佐久前知事の対立を、前知事の立場から書いている。

どうして最近、佐藤栄佐久前知事が原発を告発する言動を活発に行っているか、この本を読むと分る。主張も事実関係も整理され、県知事としてどのように対応していたかを、冷静に記述している。

電源三法による交付金は自治体の財政をいびつにし原発依存を強める。国の原子力行政の在り方は危険性を高める要因の一つだと指摘する。地方の自治体にとって、原子力発電所がどのような存在かが明解だ。

そして、原子力行政は民主主義が問われると、原子力発電所事故の本質も鋭く指摘している。

ただ、一人の県民としては少し違和感もある。
核燃料税や、プルサーマルの件だ。

98年にプルサーマル開始を福島県が了解したのは、97年のJヴレッジオープン後だったので、Jヴィレッジの施設の寄付と引き換えに、プルサーマルを容認したように見えた。

02年に核燃料税を引き上げをめぐる議論の最中に、東京電力の検査データ改ざんが発覚した。とこが、核燃料税引き上げが認可されて、しばらくすると原発が運転を再開した。再開を認める条件や理由がよく理解できなかった。そのため原発運転再開を核燃料税引き上げの圧力に利用しているように見えた。

これまで原子力発電をめぐる不祥事や事故、そして原子力行政の行き詰まりを、国や東京電力が『金』で解決してきた歴史をずっと目にして来た。

だから、福島県は旧態依然とした手法で、国や東京電力からお金を引き出す方策に走り、地域社会が原子力発電所へ依存を深める道を歩んでいるのではないか、本気で原子力発電所の安全を検討していないのではないかと、一連の対応を批判的に見ていた。

核燃料税引き上げは、福島空港、農道空港、あぶくま高速道などの大型公共事業で弱体化する県財政の資金策で、原子力発電の冥加金でバラマキ行政の帳尻を合わせようとしているのではないか、と考えていた。

日本では90年初めのバブル崩壊後、銀行に痛みが出ないように不良債権処理策を行って、金融改革を怠り、97年の金融恐慌を引き起こした。
欧米の銀行では支店数も行員数も給料も減少しているのに、日本では3つとも増やしていると、絶望的な日本の金融界のレポートが95年に出ていた。
分っていても対処しない不作為が行われていた。

次の90年代後半は景気対策で財政規律が弛緩し、財政悪化が起きるのが明白なのに政治家は鈍感だった。
97年金融恐慌直後の福島県議会議員選挙で、いわき選挙区の候補者全員が地方財政悪化に全く言及していないのが、印象的だった。1980年代の地方財政危機の熱さは、まだ喉元に残っているだろうに、この呑気で鈍感なのはどうしたことかと疑念が湧いた。
地方自治体は分っているのに真剣に対応しないで、地方交付税特会を既得権として財政破綻という不作為を行なうのだろうと考えた。

人生と名誉を懸けて国や東京電力と戦っている前知事には申し訳なかったが、特捜の逮捕の時に深く考える事もしなかった。前知事を支持しようという気になれなかった。

原子力発電所が深刻な事故を引き起こした今は、前知事が的を射抜いていたと理解できる。
違和感はあっても、原子力政策は民主主義が問われるという主張に同意するのに、福島県の政策からどうして汲み取れなかったのか、支持しようとしなかったのかを考えると、自分の不明も同時に感じる。

『福島原発の真実』は、一人の県民として苦く重い。

佐藤栄佐久前知事は、収賄容疑で5年前に逮捕され辞職した。裁判は1審有罪、高裁2審判決では収賄額がゼロ円だが、有罪となった。現在は最高裁で争われている。『福島原発の真実』平凡社

2011年8月11日木曜日

呆れた佐賀県知事

時計の針を逆に回すような、
やらせメール事件が起きている。

九州電力の原子力発電所の運転再開のために、
運転再開に賛成するメールを出すよう、
佐賀県知事が九州電力関係者に話したと、報道されている。

佐賀県知事が、やらせではない事をきちんと説明するのかと、
知事の検証報告の報道を待っていたが出てこない。
やらせは『確定』のようだ。

やらせ、隠蔽、開き直り。
これまで福島県で原子力発電を推進してきた、
電力会社や行政の負の遺産と同じ事を繰り返し、
悲劇と失敗に学ばない呆れた佐賀県の現職知事。

原子力発電所事故の惨禍は県境も国境も区別がない。

佐賀県民にも、周辺自治体や近隣国の住民にとっても、
迷惑で不幸だ。

2011年7月17日日曜日

東京電力が福島県の震災瓦礫を放射能で汚染したのだから、汚染瓦礫は国と東京電力のものである。

 放射能汚染瓦礫は、東京電力と国のものであり、自治体のものではない。

 汚染されていない瓦礫は、自治体に責任がある。
 しかし、東京電力が放射能で汚染したものは、東京電力と国が責任をもたなければならない。
 国と東京電力が処理すべきで、自治体が責任を持たされるような事をしてはいけない。

 環境省は、 被害を受けている自治体に放射能汚染瓦礫処理を行わせようと画策し始めたと思ったら、
 今度は、除染装置のない焼却炉でも焼却することもできると、基準緩和を言い出した。

 放射能汚染瓦礫を、除染設備のない焼却炉でも燃やせるとか、
 汚染瓦礫などの埋設基準を8千bq/kg→10万bq/kgと緩めている。
 
 環境省にはかなり優秀スタッフがいて、
 放射能汚染瓦礫処理については、被害地域住民の理解など不要と考えているような、
 自信過剰で、やりたい放題の役所かもしれない。

 スタッフが自信過剰だと、
 焼却できる埋設できるとは言ったが、やるかどうかは自治体の責任。
 実施結果は自治体の責任だから、環境省は関知しません、
 と、梯子をはずすような事を言い出しそうだ。

 だから、もし、自治体が焼却を手伝うとしても、
 焼却に伴う放射能2次汚染の責任は、東京電力と国が持つよう、
 環境省に確約をとる必要がある。

 放射線モニタリング
 健康調査
 焼却場周辺土壌調査などの環境の放射能汚染調査
 農作物や海産物汚染調査を、
 国と東京電力の費用で、焼却開始前に行い、

 さらに、焼却後の環境汚染がどれだけ進むか監視しなければならない。

 さらに、健康被害の予測を立て、
 危険になったら処理を止める基準や、
 それでも健康被害が発生した場合の認定や補償などについて、
 国と東京電力に確認しておく必要がある。

 もちろん、焼却開始後の監視に要する費用も、国と東京電力が持たなければならない。

 環境省が基準を10倍以上甘くしたのだから、
 自治体から要求する基準は10倍以上厳しくしなければ釣り合わない。

 国が言ったから安全だろうなどという態度は、
 原子力発電所の事故でこれほど東京電力と国によって放射能汚染され、
 被害を受けている自治体がとるべきでない。

 環境省が小出しにしている放射能汚染瓦礫処理策には、長期的な視点が欠落している。
 政策のプロ集団とは思えないような、場当たりの方策だ。 
 
 汚染放射能による2次汚染を防ぎながら、
 地域全体の放射能汚染をどう低減するか、
 健康被害の発生をいかに予防するか、
 住民とどう向き合うかなどの施策や、それらを支える理念も見えない。

 自治体は、縦割り行政の狭い視野の環境省の方策に乗らず、住民の健康を守る側に立たなければならない。

2011年7月8日金曜日

いわき市の瓦礫 セシウムの沸点 責任

放射性物質に汚染された瓦礫処理について、
いわき市が住民代表へ説明会をしたとの記事が、
7月8日の朝日新聞福島県版に出ていた。

セシウムの沸点は摂氏671度だ。
燃焼によって気化する。

焼却場の排気からの放射能ガスを、
健康被害が発生しない水準まで、除去できる自信があるから、
いわき市は焼却処理するのだろう。
排気拡散は広範囲になる。

いわき市は責任を持って、市民に健康被害がないようにしてほしい。

住民代表に選ばれた人も、
昨日実施されたという説明に対して
しっかり判断をしてほしい。
理解や納得ができないなら、NOと言って欲しい。

住民の健康への責任は重い。

いわき市は、
どの程度汚染された瓦礫を、
いつ、どれだけ、どんな条件で焼却したかのデータを、
公開してほしい。

放射能汚染対策には情報公開も大切だ。

2011年7月3日日曜日

請戸の田植踊りと吉野ヶ里

福島県浪江町には伝統芸能の『田植踊り』がある。

8月に郷土復興のための公演をいわき市で行うために、
浪江町請戸の『田植踊り』の練習を、
避難先の二本松市で始めたと福島民友新聞に載っていた。

伝統芸能の『田植踊り』を、異郷で行うため異郷で練習している。
今、請戸地区は隣町にあった原子力発電所事故のため立ち入り禁止区域になっている。

農民で市井の民俗学者でもあった故和田文夫さんと一緒に、浪江町に行ったことがあった。

「『田植踊り』があるのは寒冷地で、稲作で冷害が多かった地方に残っている。いわき地方にはほとんどなくて、双葉や相馬地方にはある。『田植踊り』には厳しい自然に向きあう人達の祈りがある」
和田さんはそう話していた。

浪江町には阿武隈高地から太平洋に流れ込む請戸川がある。
雪や雨は、地下にもしみ込んで伏流水になり、浪江町で湧き出す。
浪江の名水だ。

この名水を使う酒蔵が昔からあり、製薬会社は栄養ドリンクを作っていた。
滋養のある水は太平洋に流れ込んで、沿岸は豊かな漁場になっていた。

浪江町は東北電力が原子力発電所の建設予定地にしている。
計画が発表されて30年が過ぎたが、建設には地元の反対が強く、
今だに建っていない。

隣接している双葉町は原子力発電所を誘致し増設を求めたが、
浪江町は原子力発電所を建設させなかった。
しかし、隣接した二つの町を放射能汚染は区別しない。

地域のために原子力発電所を積極的に誘致した町だけでなく、
地域のために阻止した町にも惨禍はやってきた。

同じ新聞紙面には、
国が佐賀県に原子力発電所の再稼働を求めている記事もある。

全電源喪失という原発事故にともなう交通の大混乱を想定すれば、外部応援は期待できない。
配備した電源車の電気で、稼働している原発全機の冷却装置を賄えるのか。

保安院が水素爆発対策とする『ドリル』は分厚いコンクリート外壁を貫けるのか。
コンクリート貫通の所要時間は、
作業の足場や、
貫通予定場所にたどり着く通路は、
ドリルを動かす電源は、
事故の混乱の中で確保されるのか。
そしてなにより、
だれが水素爆発の危険の中で行うのか。

せめて電動と手動の2系統をもつ複数の開閉口を建屋に設置するための、時間と手間を、
国や原子力発電所立地町が惜しんでいる。
国や電力会社、そして地元の町が、自らの安全思想を検証した形跡が見えない。
それを是とする政治家の安全に対する見識は肯定されるべきか否か。

発電所周辺には歴史に育まれたたくさんの町や村があり、
多様な生き方をしている人がいるだろう。
原子力発電所が事故を起こせば、
放射能汚染は、人生をかけて発掘を行った遺跡群『吉野ヶ里』も、丹精込めた農地も、豊かな漁場も容赦しない。
農地に山林に海に宅地に学校に、どの町にも、風に乗り区別なく放射能は降る。

我が町、郷土のための施策が、隣接町村に牙をむき、多くの町村に惨禍をもたらす。

浪江町請戸の『田植踊り』が異郷で奉納する「祈り」の重さを思うと、
報道で伝えられる佐賀県の原子力発電再開をめぐるニュースは、
関係者の動きが軽すぎるとしか思えない。

福島の悲劇が無駄にされるように思えてならない

2011年6月30日木曜日

ひまわりの種-2

ひまわりの種を配布していた、いわきのNPOの人から連絡をもらった。

わざわざ来て、運動の趣旨をていねいに説明してくれた。

ひまわりの栽培は、放射能で汚染された土壌を浄化する事を目的としている。
今年は、来年にむかって種を穫り、放射能吸収のデータを得る考えでいる。
また、この活動を始めた新潟のNPO法人では、国会議員と一緒に東京電力の本社に行っており、東京電力から協力をもらえるという話しもある。
嫌がらせなどの抗議活動などを目的にしていないとの事だった。

原子力発電所に持っていくという話しがあったため、
県や地元町の同意が必要と指摘したが、
最終処分をどうするかはっきりしていないが、
そもそもこの活動は、
いわき市の市民協働課から話しが来て始めたと、経緯も説明してくれた。

ひまわり栽培が土壌汚染の浄化を目的にし、
いわき市や東京電力が放射性物質の最終処分などで、この活動に関与しているなら、
私の心配は無用だと思った。

嫌がらせだと、決めつけるような解釈は間違っていた。
素直におわびしたい。

この話しは、東京電力の『協力』が最終処分や焼却などに協力するのか、
ひまわりの種の配布活動へのスポンサー協力だけかで、
放射性物質最終処分という難題の行方がかなり違ってくる。

そのため、東京電力の『協力』がどんな内容か確認したくて、
新潟のNPOの人に何度か電話したが繋がらなかった。

数日後いわきのNPOの人から、再度、電話をいただいた。
栽培したひまわりの処分方法を、いわき市と話しているが、
進まないと言う内容だった。

放射性物質の最終処分は、難題中の難題だ。
いわき市だけで責任ある回答はできないだろうと思う。

いろいろな動きがある。

農水省は飯館村で、ひまわりを植えて実験をしている。
こちらは、ひまわりの種が放射性物質を吸収しない事を調べようとしている。

いわきのNPOは種以外での放射能吸収を、農水省は種が吸収しない事を利用しようとしている。どちらも耕地の改良や保全を最終目的にしているが、その方向は逆だ。

ひまわりは放射能を効率よく吸収して土壌汚染の浄化に役立つという情報があるが、
一方、それは違うという情報がある。

播種期の今、ひまわりを植えようという動きや呼びかけもあるが、
汚染された物を大量に生産する事になるから、最終処分の方法が決まらない間は、
専門家と一緒でないなら手を着けないで、との呼びかけもある。

福島では放射能汚染にどう取り組むか、いろいろ動きがあるが方向が見えず、
最終処分の前で立ちすくんでいる。

2011年6月17日金曜日

ひまわりの種

昨日、ある集まりに出席しました。
会場の出口で、ひまわりの種を配っていました。

ひまわりは放射性物質の吸収率が高いという説がありますが、
それは間違いとの説もあります。

植えた後の処理を尋ねた人の質問に、
配布している人は「種は回収します」と言いました。
葉や茎は「東京電力の原発に運びます」と、笑顔で答えていました。
どこかのNPOが企画しているようです。

双葉町や大熊町は、持込みを認めているのでしょうか。
東京電力に対する、嫌がらせにしかならないのでは。

この2点を尋ねると、

双葉町や大熊町については、答えがありませんでしたが、
「原発ではなくて、たくさんある東京電力のどこかの敷地です」と、
前言を修正し、双葉町と大熊町ではないとの言い回しになりました。
東京電力については、
「フランスの装置でこれから放射能処理をはじめます」と回答してくれました。

フランス製処理装置は福島第1原子力発電所にあるはず、
汚染水処理と低レベル放射性廃棄物処理の混同など、
回答におかしな所がありましたが、
それ以上話していると、配布の妨害になるので再質問はやめました。

咲き終わったひまわりの茎や根を
福島県内から集めて、トラックに積んで
東京電力や原子力発電所の前で受け取れと、
テレビや新聞の記者を呼んで、気勢をあげるのでしょうか?

働いている人や、いま以上に汚染物質を持ち込まれる
町の人の事を考えると、胸が痛くなりました。

そんな『運動』が始まっています。
悲しい現実です。

放射能汚染は、私たちにとって現実生活です。
お祭りではありません。
正義感や思いつきだけではなく、
冷静に、そして厳密に対策を考えるべき問題です。

2011年6月13日月曜日

火ぶたが切られました。

環境省が、
原子力発電所事故の放射能汚染地域の住民に対して、
火ぶたを切りました。
放射能汚染瓦礫の最終処分は福島で行うと通告してきました。

足尾、水俣、神通川、阿賀野川、四日市、豊島。
被害者が本当の事を話し始めると、
周囲からは罵詈雑言を浴びせられ、疎まれ、
仲間からはずされました。

これが、住民にとって本当の戦いです。
差別され蔑視され侮辱され、
理不尽な悲しみで、言葉にならないことも
たくさん起きるでしょう。

冷静に厳密に現実を見つめ、一歩一歩、
いつまでも歩き続け、語り続けるしかありません。
辛く長い道です。


被害者は、みんなそうして来ました。
杞憂であってほしいと願っています。
しかし、覚悟するしかないだろうと思います。

2011年6月12日日曜日

どさくさまぎれの、最終処分?

 福島県知事に環境省の次官が会いに来て、放射能で汚染された瓦礫を福島県外に運び出すのは難しいと言って帰った。
 知事の返答は、『県内に、このまま置く事は考えられない』だった。

 写真は『まちメディア』6月号の表紙写真の取材時に、いわき市久之浜町で撮影した。3月11日の津波の被災現場だ。このピアノは3月11日は、放射能で汚染されていなかった。
 もし汚染されたとすれば、3月12日以降。 原子力発電所事故で敷地外に、国と東京電力が放射能を出したからだ。
 汚染したのは、国と東京電力に管理責任のある原子力発電所の事故だ。責任は、ピアノの所有者ではなく、国と東京電力にある。
 もし、ピアノ所有者が瓦礫として処分して欲しいと望めば、安全に処理する責任は、国と東京電力にある。

 それが、地元感情だ。
 
 福島県内で土壌汚染が深刻化している。
 福島県郡山市で学校の校庭が汚染され、市が除染した時に出る汚染土を、どう処理するかの問題が残った。
 正義感からの発言だとは思うが、「校庭の砂を福島原子力発電所に運べばいい」との発言をテレビで聴いた。
 『報道ステーション』の解説者だ。

 2度目に、「原子力発電所に汚染土を運べ」という主張を聴いたのは『テレビタックル』のゲストの大学教授の発言だった。

 福島第一原子力発電所は福島県の大熊町と双葉町にある。汚染土を、この2つの町に運べという主張だ。
 軽率な発言ではないだろうか。

 核を使用して出た放射性物質の最終処理を、事故での汚染土壌であろうと、発電後の廃棄物であろうと、正義感や思いつきで決めてはいけない。
 国と東京電力の事故を起こしませんという約束があるから、福島県も2町も原子力発電所を受け入れているが、最終処分場は受け入れていない。

  どさくさまぎれの最終処分など、「考えられない」。

 環境省次官の『運び出せない』発言は、3度目に聴いた軽率発言だ。
 環境省次官の来県は、原子力発電所事故の加害者が被害者に損害の後始末を押しつけに来たと、住民として受け止めた。

 核廃棄物の最終処分は東京電力の本社所在地や、東京電力の電気を使っている地域も責任を分担すべきだ。国は、早急に受益関係者を集めて協議を始ねばならない。

 福島県知事の発言は、国の原子力政策の根本を問う重い言葉だ。

2011年6月9日木曜日

『原発事故にかかる仮払補償金請求』説明会

 6月9日、東京電力福島県原子力補償相談室福島県中小企業団体中央会が、いわき市内で説明会を開いたので出席しました。
 今回は第一次指針の第3項目「政府による避難指示に係る損害」のうち、中小企業(避難指示区域内)に対する補償の説明でした。

 東京電力社員2人が前で説明をしました。出席者は静かに話しを聞き、説明後の質問も穏やかなのが印象的でした。

 説明会の後、富岡町に食品流通加工の事業所を持っている人と話しました。

 「まだ虚脱状態で、天災ならとっくに動けるのに、原発事故は先が全く見えなくて、みんな身動きがとれないでいるんです。銀行が支払い猶予をいつまでするのか、その期限が来たとき倒れる所が多いと経営者は思っています。従業員さんは、もっと深刻です。すでに働く場所がなくて、避難所が7月までで閉鎖されると、仮設住宅に行くしかなくなります。生活費は自分で出さなきゃならないのに収入が無くて、就職のあてもない中にいます」と心配していました。

 いわきは動き始めましたが、双葉や相馬は時間がほとんど止まったままのようです。
 
 「再建に向かって活動を始めた人もいるけど、ほんとうに一握り、珍しいんだよ」

 原子力発電所から半径30キロ圏内でも、原発と関係のない会社が多く、それでも会場で静かに説明を聞いている中小企業家の姿を見ると、あらためて、東京電力と政府の罪深さを感じました。

2011年6月5日日曜日

いわき市の人口

 「いわきは、どうですか?」と、会津の人に尋ねられた。
 会津美里町では、仮設住宅を250戸建ったが入居希望が100戸しかなかったと言う。

 いわき市の仮設住宅は、約200戸に申込数が600戸以上あると報道されている。
 
 いわき市のホームページでは平成23年3月1日現在、総人口341,402人 世帯数128,754世帯のままで、4月、5月、6月の数字がない。

 いわき市が東日本大震災や原子力発電所事故に、どう向き合っているのかを知る基礎データが入手できない。

 いわき市教育委員会は、5月26日現在で転入した児童生徒数が1,015人、転出が924人と発表した。
 
 人口は増えているのか、減っているのか?

 一人ひとりが身の振り方を考え、この地に留まり、関わりのある人が去り、そして来た。
 たくさんの希望や思いや悩みが人口数と世帯数には詰まっている。 

2011年6月4日土曜日

事実の取り扱い。

 事実と意見の混同を見分けるのは難しい。
 時事的現象としてではなく、100年後を見る視点がないと、悲劇が起きているのを見過ごす事になるかもしれない。
 以前、いわき芸術館アリオスで『アトミックサバイバー』の取材をしながら、そう考えた。

 劇の中で「再処理工場からは、原子力発電所から出る『1年分』の放射性廃棄物が、『1日』で排出されます」というフレーズがあった。
 恐ろしいフレーズであるが、恐ろしくないフレーズでもある。
 原子力発電所の存在をどう考えるかで、同じ事実を、全く異なった意見の証拠として挙げる事が可能だ。

 原子力発電所から排出される放射性廃棄物は危険だと主張する側からは、365日分を1日で排出するのは深刻な環境汚染源という事になる。

 一方、原子力発電所は管理がしっかりしていて環境汚染の危険性はほとんどないと考える側だと、通常の365倍の放射性物質でも問題ない。
 なぜなら、原子力発電所の排出管理がしっかりして排出量がゼロに近くなるほど、再処理工場の排出倍率の数字は高くなるからだ。
 たとえば発電所が1で、再処理工場が365の排出なら、365倍(1年分)となる。
 だが、発電所が管理を強化して排出を0.1に減らすと、再処理工場365の排出率は3650倍(10年分)となる。

 同じ『1年分』の数字が、原子力発電所をどう見るかによって、異なった意見の証拠として挙げられる。

 放射線量と健康被害でも、同じ事が起きている。

 医療現場では『がん』を発見する方が放射線の危険よりも有益だと、防護数値から考えると高すぎるような線量を人体に照射している。
 一方、それより少ない積算線量で『がん』『奇形』『遺伝』が心配だと、恐怖を訴える人がいる。 

 チェルノブイリでの事故の後、放射線への恐怖心から妊娠中絶をしたり健康を崩す人達がたくさん出た。いわき市では、仕事を辞めて転出する若い世代の住民が相次いでいる。
 
 時事的にではなく視線を100年先に向けて、
 目の前の事実を、自分を勘定に入れず冷静に見る必要があると感じている。

2011年5月11日水曜日

学校給食に福島県産の牛乳使用==いわき市は市民目線で、ていねいに。

福島県産牛乳は安全なのに、なぜ、いわき市民は不安になったのか?
(bloggerの不具合で最終稿が消えていたので書き直しました)

 4月末に、子供が持ち帰ったお知らせで、福島県産牛乳が学校給食に出される事を知った保護者が不安になり、いわき市へ問い合わせが相次いだ騒動がありました。5月に入っても、保護者の不安が解消されない状況が続いていたようです。
いわき市のホームページに、給食で出した牛乳について記事が出ています。

『いわき市の学校給食について』(2011/4/29付)

学校給食につきましては、現在、従来のような献立での提供が行えず、保護者の皆様には大変ご迷惑をおかけしております。
また、現在はパンと牛乳の提供となっておりますが、保護者の皆様などから、現在提供しております牛乳や今後使用していく食材についてのお問い合わせを頂いているところです。
牛乳につきましては、国や県の検査により安全性が確認された原乳を使用したものが 流通しているところですが、福島県産の原乳につきましても安全性が確 認されたものが流通しているところであり、福島県内の学校へ牛乳を供給する事業者において、福島県産の原乳を使用することとなったところです。
なお、いわき市の学校給食では、4月25日以降に検査された原乳を使用した牛乳が4月27日以降に供給されておりますが、県の緊急モニタリング検査による4月25日及び4月26日の測定結果は「不検出」となっております。
農林水産物の出荷制限やモニタリング検査結果につきましては、福島県のホームページをご覧ください。


本市の学校給食については、これまでも食品衛生法など関係法令を遵守し、食材の品質や衛生管理の徹底に努めながら、安全で安心な給食を子どもたちに提供してきたところであり、今後においてもその方針が揺らぐことはありません。
食品については、国、県が検査に基づき安全性を確認しており、市としては、当然、安全性が確認されたものを学校給食で提供していくものです。



  この文書で、保護者の不安は解消されるでしょうか。これで不安が消えるとすれば、いわき市政にたいする理解と信頼が高いと、私は思います。



文書には「子供には微量でも放射能で汚染されたミルクを摂取させたくない」と考える保護者に、安心してもらえない要素が3つあります。
  • 安全を裏付けるデータが具体的に分りやすく示されていない。(HPにはデータへのリンクがあるが)
  • 行政は微量の放射能汚染を許容すると疑われている事に対する、対策や配慮が無い。
  • 子供にも親にも拒否する事ができず牛乳の摂取を強制される事態に対する不満への、配慮が無い。
以下で3つを確認してみましょう。

1.いわき市の学校給食のミルクに放射性物質は入っていない。(データを見る)

まず、福島県産牛乳の検査経過です。いわき市の文書にリンクされている福島県産農林水産物の放射能測定の実施結果から、いわき市の原乳調査を約10日ごとに抜粋してみました。
福島県の原乳の調査結果(いわき市 単位Bq/kg)
3/19採取        ヨウ素-131→980   セシウム-134→不検出  セシウム137→ 6.6
3/29採取    ヨウ素-131→  55   セシウム-134→不検出  セシウム137→不検出
4/  7採取      ヨウ素-131→  38   セシウム-134→不検出  セシウム137→不検出
4/  7採取    ヨウ素-131→  16   セシウム-134→不検出  セシウム137→不検出
4/19採取    ヨウ素-131→不検出  セシウム-134→不検出  セシウム137→不検出
4/26採取
      (乳業工場)   ヨウ素-131→不検出   セシウム-134→不検出  セシウム137→不検出
5/10採取
      (乳業工場)   ヨウ素-131→不検出   セシウム-134→不検出  セシウム137→不検出

福島県内の緊急モニタリング結果では、福島市で4月19日にヨウ素131が17.2Bq/kg検出されたのを最後に、以後すべての地域で不検出です。
乳業工場では、県内産の原乳をブレンドして作ります。県内で検査した牧場の牛乳はどこも不検出。さらに、乳業工場でブレンドした牛乳からも不検出ですから、県が検査していない牧場の原乳にも放射性物質は入っていないと推測できます。

ですから、4/27に学校給食で出された福島県産のミルクは、放射性物質が不検出だと思われます。

しかし、学校給食の乳業工場を調査した結果は公表されていません。
保護者の気持ちを思えば、学校給食ミルクの乳業工場で放射性物質を調査して、結果を保護者に知らせる手間をかける事が、いわき市の行政にとって経費と手間のムダだとは思えません。
2.行政は放射能汚染を許容するのでは?と市民が疑念。

3月に東京都で水道水が放射能汚染のため乳児の摂取制限が行われた時、乳児以外はヨウ素131=300Bq セシウム=200Bqが暫定基準値であると報道があり、行政は、暫定基準を下回っていれば飲んでも大丈夫と広報していました。
さらに、農産物の暫定基準値も同じ数字で広報していたので、今回、原乳が基準値を下回ったので安全を確認した言っても、放射性物質が入っているのではないか、どれだけ入っているのだろうと保護者が不安になったのではないでしょうか。

国の暫定基準値はあっても、いわき市の行政は主体的に市民を守ってくれると日頃から信頼されていないと、市民は疑問を抱きます。

国はヨウ素131=300Bq セシウム=200Bqを摂取制限値としています。いわき市はそれ以下なら放射能に汚染されていても給食に出すのではないか、と保護者が不安になったのです。
「国が…」「県が…」と責任を回避し主体性の無い対応をする、いわき市の行動を保護者は危惧したのです。
3.保護者の意向を置き去り。

子供の予防接種では接種するかどうか保護者に意向確認をしていますが、今回の学校給食の牛乳騒動では、子供の健康に関わる問題なのに保護者の意向は置き去りでした。子供も保護者も飲まない選択肢は与えられないのです。そのため、保護者の理解を得る丁寧さが一層求められるのですが、それが欠けていました。

たしかに、いわき市は安全なミルクを出す状況だったし、正確に伝えていたのです。が、情報と知識を伝えるとき、受け取る立場に配慮する事も大切。難しい問題です。
今回の学校給食の牛乳騒動は、『安全』であっても『安心』できない典型的なケースです。
生命や健康へ危険の恐れがあると不安になり、デマに惑わされやすくなります。行政が丁寧に対応しないと、デマや風評の火種を、行政が自ら作ってしまう危険があります。

福島県産牛乳を学校給食に出す事が、保護者への丁寧な説明を抜いてまで急ぐべきだったか、検証しておくと、いわき市は貴重な教訓を得られるのではないでしょうか。
放射能汚染をめぐる、広報の難しさを象徴する出来事でした。

行政にも、住民にも放射能汚染との戦いは始まったばかりです。
(馬上 雅裕)

2011年5月5日木曜日

原子力発電所の事故を考える時、忘れてはいけない事。

 原子力発電所の事故を住民の視点から見るとき、忘れてはいけないことがあります。
 住民は経済的な理由だけで原子力発電所を受け入れていたのではありません。安全だと言う、国と東京電力を信用していたのです。

 まず、経済的な側面を見ましょう。 
 福島県は近世以降、首都圏(江戸)に農産物、海産物、工芸品、エネルギー、そして労働力を供給してきた地域です。第2次世界大戦で負けた直後は、疎開してきた首都圏の人達を受け入れた事もありました。
 いわきや相馬双葉地域も水産加工品、農産品、木炭、石炭を供給し、大戦間以降は化学工業製品も供給してきました。福島県全体と同じ、首都圏と互恵関係です。

 大きな変化が出たのは、1960年代でした。石炭産業が日本のエネルギー源としての主役から姿を消してしまったのです。木炭も、家庭の熱源から姿を消しました。
 地域経済は大きな柱の一つを失いました。

 いわきでは、1960年代に常磐炭鉱が火力発電所を作って、石炭を燃やし電気にして首都圏にエネルギーを供給したり、巨大な観光施設で雇用を作りました。70年代には、工業団地に工場を誘致しました。200海里で遠洋漁業が大きなダメージを受けたものの、人口減少には歯止めがかかりました。

 しかし双葉地域は、60年代に雇用を大きく確保する産業を育成できず『福島のチベット』と、地元住民が言う状況でした。職を求めて出稼ぎをしたり地域外へ出て行く姿が多かったのです。

 東京電力は50年代は福島県で水力発電を推進し、60年代は原子力発電所建設の準備を進め、70年代に入ると原子力発電所の建設を始めました。福島県は、首都圏にエネルギー供給を再開しました。地域に新しい産業が誕生したのです。
 発電所建設で雇用が生まれ、発電で雇用が維持されました。やがて高速道路が通り、世界的なサッカー施設もできました。出稼ぎしなくてよくなり、地元で就職する事もできて、原子力発電所は、発電開始から40年を経て地域にとって大切な存在となったのです。
 原子力発電所の事故を考えるとき、忘れてはいけないことです。

 もう一つ忘れてはいけないことは、住民に国と東京電力が信用されていた事です。

 70年代に入ると原子力発電に疑問の世論が形成されました。原子力発電は危険だと反対する議論が出て来たのです。住民から見ると、後だしジャンケンのようであり、反対論は玉石混交の議論でした。野球なら外野と言うより、球場の外から野球の試合をじゃまするような議論に見えるものもありました。

 その時、国と東京電力は原子力発電を推進するために、県や発電所立地町村の自治体と住民に、原子力発電所は安全だと説明し説得しました。
 なぜ安全なのか、どうやって安全を維持しているのか、さらに安全性を高めるためどうしているのか、沢山の事を住民に説明し約束しました。国と東京電力が安全性を広報宣伝した内容を、住民はしっかり覚えています。(このとき約束した水準の環境を取り還す事が、事故後の現在、住民が目指す目標です)

 住民は原子力発電所を受け入れるにあたって、経済的な理由だけで決めたのではありません。安全だと言う国と電力会社の説明があったから受け入れたのです。
 原子力発電をめぐる激しい議論のなか、国と東京電力を信用したのです。

 これは国にも東京電力にも、そして住民にも重い事なのです。

 しかし、東京電力は何度も事故のデータを隠したり、報告をすぐしなかったりなど約束を破る事を繰り返しました。そして、違反が指摘されるたび、地元自治体や住民に繰り返さないと約束してきました。
 津波の危険性も、東京電力の社外の国会や地震学者ばかりでなく、自社の社員が国際学会で報告していた事実も明らかになっています。東京電力の言う『想定外』は、知っていながら行動を起こさない、都合が悪いからカウントしないだけの『ご都合主義』とイコールでした。
 そして、今回の事故です。

 この過程を見ると、事故の責任は国と東京電力にあるのでしょうが、本当に国と東京電力だけが100%悪いのでしょうか。
 私たち住民は、国と東京電力に安易に任せ過ぎていなかったのか、信用できない相手を安易に信用してしまったと、反省する余地は全くないでしょうか。須賀川の農民に、原子力発電所事故から避難の途上で亡くなった人々に、私たちは100%被害者だと言いきれるでしょうか。

 広島の原爆記念碑には「あやまちはにどとくりかえしませんから」という碑文があります。
 福島原子力発電所事故の碑文を刻むとしたら、広島と同じような人類の歴史に位置づけて記すべき言葉は何か。

 しかし、今はとにかく先に進まなければ、住民に未来はありません。
 未来は過去からやってきます。そして、過去は未来によって変える事ができます。
 感謝すべき事からも不愉快な事からも目をそらさず原子力発電所と事故を直視し、何故こうなったのか、どこに向かうべきか、互いに自立した主体として、原点を確認して歩み出すべきだと思います。

 (馬上 雅裕)

2011年5月3日火曜日

校庭の放射線量は『年間5ミリレム』を中間点、ゴールは事故前の数値に。

  いわき市では『アトムふくしま』という広報誌が隣組の回覧板に2カ月に1度入ってきます。福島県と原子力発電所立地町と隣接市町村が、原子力広報のために発行している冊子です。1つの隣組に1冊ですから、いつも急いで読んでいます。
(いわき市北部の久之浜地区と四倉地区は各家庭に1冊配布のようです)

 『アトムふくしま』には「年間5ミリレム」という数字と単位で表記された放射線の解説が何度も何度も出ていました。
「原子力発電所から敷地外に出る放射線は、年間5ミリレムで、実際にはそれよりずっと低い」と言う解説です。

 国と東京電力は、住民に30年にわたって原子力発電所の敷地外に出る放射線を年間5ミリレム以下に抑えますと言い続けてきました。

 ですから、年間5ミリレムは国と東京電力が住民と約束していた数字です。現在は単位がシーベルトになって、5ミリレムは0.05ミリシーベルトです。

 国と東京電力には『年間5ミリレム』を守る責任も義務もあります。(もちろん、県も市町村などの原子力発電所周辺自治体にも責任があります)
 このことから考えれば、学校の校庭が年間20ミリシーベルトなど住民には受け入れられない数字です。

 郡山市で校庭の表土を削り取って放射線量を低くする作業を行ったことに対する、枝野官房長官の「必要はない」とのコメントは、原子力発電所周辺住民には妄言としか思えません。

 腹が立つより、唖然としてしまいました。

 ネットでICRPの資料を見たら、校庭の年間放射線の基準として政府が提示した年間20ミリシーベルトは、職業被ばくの実効線量です。女性が妊娠しているときは年間2ミリシーベルトです。また、一般人が一生の間に受ける放射線量当量限度100ミリシーベルトの5分の1を、たった1年で浴びる数値です。(医療などで受ける放射線を除く)

 年間20ミリシーベルトという放射能汚染は過酷で、福島県の年少者に受け入れさせるのは「人道に反する」と非難する学者がいるのもあたりまえです。

  そこで提案です。福島県の住民は国と電力会社が原子力発電所周辺自治体の住民に約束してきた『年間5ミリレム(0.05ミリシーベルト)』を校庭の放射線の中間目標値として要求しましょう。(今年は暫定値として2ミリシーベルトか1ミリシーベルトに妥協するのもやむをえないと思いますが)

 ゴールは『年間0.05ミリシーベルトよりずっと低い、事故前の放射線の数値』です。

 また、これから福島県民は原子力広報誌『アトムふくしま』で住民に示していた自然放射線量の数値を早急に達成することを中間目標にし、事故以前の数値に戻すことをゴールにするよう頑張りましましょう。 

 たとえば食物からの被ばくでは、原子力発電所が事故を起こす前に住んでいた土地に住み、その地域で採れた農林産物、その地域の草を食べて育った牛や馬などの畜産物、そしてその地域の海、川、湖沼で獲れた水産物だけを食べ、その地域を水源とする水だけを飲んで生活しても、「食物から年間0.29ミリシーベルト」(『アトムふくしま』より)であることを中間目標値とし、ゴールは『事故前の数値』です。
 
 福島県や原子力発電所周辺自治体は、住民に発電所から年間5ミリレム(0.05ミリシーベルト)しか放射線を受けないからと、30年も伝えていました。それを上回る放射能汚染が起きてしまった現実を直視してください。
 これまでず〜っと広報宣伝していた原子力発電所が放出する年間線量を5ミリレム(0.05ミリシーベルト)にするために、福島県や原子力発電所周辺自治体は、国と東京電力に誠実に汚染除去するよう強く働きかける責任があります。

 原子力発電所事故のどさくさまぎれで原子力委員会や内閣が知らん顔をするのを、『アトムふくしま』をず〜っと読んでいる福島県の住民は見逃せません。(繰り返しますが、福島県や原子力発電所周辺自治体にも住民に対して責任があります)

  (馬上 雅裕)

2011年4月30日土曜日

原子力発電所事故、国会論戦で気になった事。

 缶コーヒーの宣伝で、「贅沢言うな。いろんなことがこんがらがってこうなっているんだから、今すぐはムリだ!」というCMがありました。


 国会論戦で、聴き応えのあるものが多かったのですが、気掛かりな質問もありました。
 東京電力原子力発電所事故の収束に向けた工程表をめぐる、「この日程でやると言い切らないのは無責任だ」という論調です。
『いろんなことがこんがらがってこうなっているんだから、確約できる訳がない』という事を、百も承知で質問しているのだろうと思いながら聴いていました。


 高レベルの放射能で汚染されている原子力発電所の中で、被ばくと余震の危険の中、最前線で苦闘しているたくさんの人の安全や健康をどう考えているのかと思い、質問している国会議員の態度が『贅沢』というより『傲慢』に感じられました。
 一日も早い事故収束も大切ですが、原子力発電所の最前線で働く人の健康や生命も大切です 


 また住民にとっては一日も早い事故収束とともに、避難先から地元に戻るのに不可欠な、土壌や設備や施設そして建物などの除染策の見通しも大切です。


 未来への希望がなければ、今の苦労は意味がなくなります。 


 自分の町に、自分の村に戻るために、どの段階で何をやるか住民が自分で考えて、除染工程を練り始めるべきです。
 そして町や村に戻る工程表を示しながら『みんな、こうなったらこうするから応援してほしい。』と、住民が政府や東京電力に補償を要求したり、全国や海外に支援を要請するのは、ちっとも贅沢でも傲慢でもないと思います。


 「いろんなことがこんがらがってこうなっていても、自分たちの現在と未来を他人任せにしない事が一番大切だ!」と、国会論戦を聴きながらあらためて思いました。


(馬上雅裕)


検証==政府と東京電力が信用を失った広報=3月12日と13日。



東京電力原子力発電所のレベル7の事故に対する、政府と東京電力の原子力広報を検証すると、事故発生の初期に情報を適切に伝えず、住民を軽く見ていたとしか思えない態度だったことが分ります。

3月12日午後3時26分に、東京電力福島第一原子力発電所で、水素爆発が起きました。
しかし、政府と東京電力は、原子炉建屋で何が起きたのかを、事故発生当初は、迅速に正確に伝えませんでした。

内閣府のネットサイトで記者発表を見直してみました。
3月12日午後の枝野官房長官の会見です。

水素爆発から数時間たっているのに、まだ、何が起きているのか正確に伝えられないと繰り返しています。政府が迅速に状況を把握し評価できない、また、事態を適切に伝えられない情けない姿です。
これは、好意的に慎重であると解釈もできます。
しかし、住民の理解力を侮っている態度と解釈されても仕方ないものです。

東京電力第一原子力発電所の12日午後11時の発表より。
「1号機(停止中)
・原子炉は停止しておりますが、本日午後3時36分頃、直下型の大きな揺れが発生し、1号機付近で大きな音があり白煙が発生したことから、現在、調査中です。」

7時間も前に水素爆発を起こしていながら、どこで何が起こっているのか、住民に正確に迅速に伝えようとしない東京電力の姿がここにあります。

ところがその翌日の13日、1号機建屋の上部が吹き飛び、鉄骨だけになっている映像をテレビのニュースで見て、『白煙、揺れ、大きな音』が爆発であった事を住民は知ります。
政府と東京電力の情報を迅速に出さない態度は、裏目に出ました。
爆発なのに『白煙、揺れ、大きな音』と表現し、事態を小さく見せかけようとしてるのだと住民に分って、信用を失ってしまいました。

さらに、13日の夕方には枝野官房長官が放射線について話す内容がNHKニュースで報道され、長官が放射線に『無知』だと思われるような発言が紹介されます。

3月13日夕方のNHKニュースより
『枝野官房長官は、3号機周辺の放射性物質のモニタリング数値について「モニタリングでは、13日午前10時以降、50マイクロシーベルト前後の数値で安定していたが、午後1時44分ごろから上昇し、1時52分には1557.5マイクロシーベルトを観測した。ただ、その後、午後2時42分のデータでは、184.1マイクロシーベルトに低下している」と述べました。
そして、放射線の数値が一時的に上がった原因については「炉心が水没していない状況になると、放射線の発生がその時間は多くなるので、一時的に数値が上がる」と述べました。』

炉心の核反応による放射線が、原子力発電所周辺の環境放射線量に直ちに影響し、一時的に数値が上がる事はありません。
原子炉とその中の水、格納容器、分厚いコンクリート壁が、放射線を外に出さない構造になっているのです。原子力発電所を見学したことのある工業高校生でも、その時に渡される資料レベルの説明で、この程度のことは分ります。

発電所敷地内の放射線量の数値上昇は、原子炉建屋から放射能が放出され、放射能汚染が発電所境界を越えて広がっていくことを示すものです。 
枝野官房長官の記者会見のニュースは、政府広報を担当している政府高官が原子力発電所の事故を、迅速に正確に把握し伝える能力を持っていないことを映し出しました。
重大な決断や、状況把握が出来ていないのではないかとの疑念も湧きます。

いろいろと言い訳はあるでしょう。
しかし広報では簡潔に正確に
  1. 原子炉内の冷却を制御できていない深刻な事故であること、
  2. 放射能汚染が原子力発電所の外に広がること、
  3. 風向や降雨に注意を呼びかけることなど、住民に危険や健康被害から自分や家族を守る適切な防護方法を伝えながら、
  4. 冷静な対応を呼びかけるべきでした。
政府は、4の冷静な対応を呼びかけましたが、1〜3を迅速に分りやすい情報として伝えることはしませんでした。
これらの結果、事故の初期段階で信用を失った政府と東京電力の広報は、この後の社会混乱の原因となり、大きな損害を社会に与えました。


3月12日以前は事態を小さく見せて時間稼ぎをし、住民が忘れるのを待つような手法が原子力発電の広報で通用したのでしょうが、今回の事故はそれで済まされないと、政府と東京電力には肝に銘じてもらいたいと思います。


(馬上雅裕)

2011年4月27日水曜日

いわき市の露地栽培原木シイタケ出荷制限解除!です。

いわき市の露地栽培の原木シイタケが、4月25日に発表された出荷制限要請から外れました。
福島県全域を対象にした原乳出荷制限(3月21日付)も、いわき市はすでに4月21日(4月16日付)の発表で外れています。


福島県のモニタリング情報からいわき市の農産物(露地栽培)データの一部を抜粋しました。(単位ベクレル/キログラム)

4/23発表(19日調査露地栽培) 
品目/トマト    ヨウ素131→7   セシウム134→16  セシウム137→15


4/13発表(11日調査露地栽培)
品目/ブロッコリー ヨウ素131→160  セシウム134→120 セシウム137→120

4/6発表(3,4日調査露地栽培)
品目/ブロッコリー ヨウ素131→660  セシウム134→340 セシウム137→290

3/23発表(21日調査露地栽培)
品目/ブロッコリー ヨウ素131→8100 セシウム134→870 セシウム137→910



しいたけ 

 Q.販売されている福島県産しいたけを食べてもだいじょうぶですか?
A.福島県では、露地栽培の原木しいたけ、施設栽培の原木しいたけ、菌床栽培のしいたけ、なめこ、まいたけ、エリンギ、えのきたけ等のきのこが生産されています。これらのきのこで施設栽培されているものや、出荷が制限されていない区域の露地栽培の原木しいたけについては、放射性物質が検出されていないか、規制値以下となっています。
 また、福島県では、販売されているしいたけの情報が消費者にわかるように、産地の市町村名や栽培方法を表示することとしています。また、安全なしいたけが流通するよう、県職員の方々等が、適正に表示されているか、出荷が制限されている区域の露地栽培の原木しいたけが流通していないか等について、生産地や流通拠点を巡回して確認することとしています。
 なお、福島県で、露地栽培の原木しいたけの出荷が制限されている区域は4月25日時点で、福島市、伊達市、本宮市、相馬市、南相馬市、田村市、新地町、川俣町、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町、飯舘村、葛尾村及び川内村の17市町村です。

 Q.福島県の17市町村では、露地栽培の原木しいたけだけが出荷制限されているのはなぜですか?
A.福島県では、4月24日までに施設栽培の原木しいたけ、菌床しいたけ、なめこ、まいたけ、エリンギ、えのきたけの66件について、放射性物質の検査が行われました。その結果、暫定規制値を超える放射性物質は検出されませんでした。
 一方、露地栽培の原木しいたけについては、52件のうち14件(いわき市、伊達市、新地町、飯舘村、福島市、南相馬市、川俣町及び本宮市)から暫定規制値を超える放射性物質が検出されました。露地栽培は、屋外にほだ木(原木にしいたけ菌を植えたもの)を立てかけ、外気や日光に触れさせてしいたけを育てる栽培方法です。このため、露地栽培は、大気中にある放射性物質と接触する可能性が施設栽培よりも高いことが考えらえます。こうした調査の結果を受けて、原子力安全委員会の助言を得て4月13日、4月18日及び4月25日に出荷が制限されたものです。


 このうち、いわき市については、4月24日までに放射性物質が暫定規制値を下回るようになったため、4月25日に出荷制限が解除され、4月25日現在では、福島県の17市町村が出荷制限されております。
 
福島県においては今後、露地栽培、施設栽培に関わらず、また出荷が制限されていない区域についても、しいたけ等の放射性物質の検査を行い、その結果については、その都度公表されることとなっております。
 出荷制限の解除については、出荷が制限されている区域において、約1週間毎に検査して、3回連続で放射性物質が一定水準を下回った場合に、原子力災害対策本部において、出荷制限を解除するかどうかの判断がなされます。出荷制限の解除後も、約1週間ごとに検査を実施することとしています。


(馬上雅裕)

2011年4月15日金曜日

桜が咲き始めました。


取材で末続に行き、配本で広野まで足を伸ばしました。
緊急時避難準備地域指定があるので、立ち入るにはニュースや現地での規制や指示などに注意したり配慮が必要です。

まちメディアを置いていただいている「九州ラーメンおいどん亭」さんが、営業再開(午後3時まで)していました。

広野町は「東北に春をつげる町」がキャッチフレーズ。静かに、町役場の桜が咲いています。

広野町は双葉郡の南端にあります。
南はいわき市、北は楢葉町です。夕筋、折木、上浅見川、下浅見川、上北迫、下北迫の江戸時代からの6村が合併して、明治に広野村が誕生しました。常磐線が開通したのは明治31年、町になったのは昭和になってからです。

かつては炭鉱があり、今は火力発電所がある美しい町です。

(馬上雅裕)

2011年4月6日水曜日

まちメディア4月号は配本中。5月号は4月25日発行予定です。

3月11日に『まちメディア』4月号の製本ができましたが、東日本大震災のため、ほとんど配本できませんでした。

その後、震災のために配本先のお店が休業していたり、12日からは原子力発電所が水素爆発して放射能汚染が拡大したため、スタッフが自主避難したりして、配本を再開したのが3月25日になってしましました。

4月に入っても休業中のお店があって、現在も配本中ですが、お店を再開した皆さんは元気です。

(馬上雅裕)

2011年4月5日火曜日

福島県農林水産部が、原木シイタケ出荷しないように要請。県が独自の判断。

福島県農林水産部が独自の判断で、いわき市の露地栽培の原木シイタケを市場に出荷しないよう要請したと、NHKの朝のニュースで報道していました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110403/k10015079991000.html

http://www.minyu-net.com/news/news/0404/news2.html

消費者と市場を大切にする姿勢が明確で、不安や不信を招かない賢明な判断です。


国は放射能の基準値を越える検査結果が出た事に対して、発表しただけで何も対策を講じないため、福島県が独自の判断で出荷しないよう要請したようです。

消費者保護を最優先させ、基準を超えた農産物を市場に出さない、福島県の姿勢を『まちメディア』では高く評価したいと思います。

『市場に出荷されている農産物は安心だ』と消費者に支持されるには、厳しく原則を守る施策を積み重ねるしか道はありません。

迷走する国の対応に比べて、ニュースで報じられた福島県の態度は正しく分りやすくて、清々しさを感じました。

なお、屋内施設で栽培しているいわき市の菌床シイタケは基準よりも低かったようです。

(馬上雅裕)

2011年4月2日土曜日

風評被害と地産地消と『まちメディア』

私たちは深刻な放射能汚染に直面しています。

福島県の農産物が売れないとの報道が相次いでいます。
マスコミは、『風評被害』だと言います。

被害者がいるのですから、加害者がいるはずです。
生産者が被害者です。
では、加害者は放射線や放射能、放射性物質の区別も良く分らない無知な消費者なのでしょうか?

私たちは、そうは思いません。

消費者が放射能汚染を恐れる消費行動は正当です。
 
放射能汚染を恐れて福島県産を敬遠する消費者も、農業者や漁業者と同じ被害者だと、まち・メディアでは考えます。

加害者は、大地や海を放射能で汚染している東京電力福島原子力発電所の事故です。

私たちは、『風評被害』と言われる消費者の行動は、被害に対しては2次的なものだと思います。
農業と漁業に被害を与えている一番の元凶は、東京電力福島原子力発電所の事故です。

まちメディアでは何年も、地産地消と食育をテーマに『いわきの美味しさ発見』を連載してきました。
地産地消は地域の経済にとって大切です。これからも、応援していきます。
http://www.matimd.com/oishisa/o_index.html


でも、人の健康や命はもっと大切です。
私たちは、厚生労働省が食品に含まれる放射性物質の許容量を定めた暫定基準値をこれ以上緩めることなく堅持すべきだと考えています。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e.html

生産者と行政には、基準を緩めて消費者の健康と命の危険性を高めるような行動をとらないよう望んでいます。(緊急事態が収束すれば速やかに輸入食品水準に戻す)
放射能汚染による損害は、加害者である東京電力と政府に賠償させるべきです。

なにより消費者を優先する生産者の姿勢と、巨大企業にもしっかり言うべき事を言う毅然とした態度でしか風評被害は乗り越えられません。
お客さまを一番に考える姿を見なければ、消費者の心に安心や信頼は生まれません。

厳しい道ですが、まちメディアも共に歩みたいと思います。

(馬上雅裕)