2011年6月30日木曜日

ひまわりの種-2

ひまわりの種を配布していた、いわきのNPOの人から連絡をもらった。

わざわざ来て、運動の趣旨をていねいに説明してくれた。

ひまわりの栽培は、放射能で汚染された土壌を浄化する事を目的としている。
今年は、来年にむかって種を穫り、放射能吸収のデータを得る考えでいる。
また、この活動を始めた新潟のNPO法人では、国会議員と一緒に東京電力の本社に行っており、東京電力から協力をもらえるという話しもある。
嫌がらせなどの抗議活動などを目的にしていないとの事だった。

原子力発電所に持っていくという話しがあったため、
県や地元町の同意が必要と指摘したが、
最終処分をどうするかはっきりしていないが、
そもそもこの活動は、
いわき市の市民協働課から話しが来て始めたと、経緯も説明してくれた。

ひまわり栽培が土壌汚染の浄化を目的にし、
いわき市や東京電力が放射性物質の最終処分などで、この活動に関与しているなら、
私の心配は無用だと思った。

嫌がらせだと、決めつけるような解釈は間違っていた。
素直におわびしたい。

この話しは、東京電力の『協力』が最終処分や焼却などに協力するのか、
ひまわりの種の配布活動へのスポンサー協力だけかで、
放射性物質最終処分という難題の行方がかなり違ってくる。

そのため、東京電力の『協力』がどんな内容か確認したくて、
新潟のNPOの人に何度か電話したが繋がらなかった。

数日後いわきのNPOの人から、再度、電話をいただいた。
栽培したひまわりの処分方法を、いわき市と話しているが、
進まないと言う内容だった。

放射性物質の最終処分は、難題中の難題だ。
いわき市だけで責任ある回答はできないだろうと思う。

いろいろな動きがある。

農水省は飯館村で、ひまわりを植えて実験をしている。
こちらは、ひまわりの種が放射性物質を吸収しない事を調べようとしている。

いわきのNPOは種以外での放射能吸収を、農水省は種が吸収しない事を利用しようとしている。どちらも耕地の改良や保全を最終目的にしているが、その方向は逆だ。

ひまわりは放射能を効率よく吸収して土壌汚染の浄化に役立つという情報があるが、
一方、それは違うという情報がある。

播種期の今、ひまわりを植えようという動きや呼びかけもあるが、
汚染された物を大量に生産する事になるから、最終処分の方法が決まらない間は、
専門家と一緒でないなら手を着けないで、との呼びかけもある。

福島では放射能汚染にどう取り組むか、いろいろ動きがあるが方向が見えず、
最終処分の前で立ちすくんでいる。

2011年6月17日金曜日

ひまわりの種

昨日、ある集まりに出席しました。
会場の出口で、ひまわりの種を配っていました。

ひまわりは放射性物質の吸収率が高いという説がありますが、
それは間違いとの説もあります。

植えた後の処理を尋ねた人の質問に、
配布している人は「種は回収します」と言いました。
葉や茎は「東京電力の原発に運びます」と、笑顔で答えていました。
どこかのNPOが企画しているようです。

双葉町や大熊町は、持込みを認めているのでしょうか。
東京電力に対する、嫌がらせにしかならないのでは。

この2点を尋ねると、

双葉町や大熊町については、答えがありませんでしたが、
「原発ではなくて、たくさんある東京電力のどこかの敷地です」と、
前言を修正し、双葉町と大熊町ではないとの言い回しになりました。
東京電力については、
「フランスの装置でこれから放射能処理をはじめます」と回答してくれました。

フランス製処理装置は福島第1原子力発電所にあるはず、
汚染水処理と低レベル放射性廃棄物処理の混同など、
回答におかしな所がありましたが、
それ以上話していると、配布の妨害になるので再質問はやめました。

咲き終わったひまわりの茎や根を
福島県内から集めて、トラックに積んで
東京電力や原子力発電所の前で受け取れと、
テレビや新聞の記者を呼んで、気勢をあげるのでしょうか?

働いている人や、いま以上に汚染物質を持ち込まれる
町の人の事を考えると、胸が痛くなりました。

そんな『運動』が始まっています。
悲しい現実です。

放射能汚染は、私たちにとって現実生活です。
お祭りではありません。
正義感や思いつきだけではなく、
冷静に、そして厳密に対策を考えるべき問題です。

2011年6月13日月曜日

火ぶたが切られました。

環境省が、
原子力発電所事故の放射能汚染地域の住民に対して、
火ぶたを切りました。
放射能汚染瓦礫の最終処分は福島で行うと通告してきました。

足尾、水俣、神通川、阿賀野川、四日市、豊島。
被害者が本当の事を話し始めると、
周囲からは罵詈雑言を浴びせられ、疎まれ、
仲間からはずされました。

これが、住民にとって本当の戦いです。
差別され蔑視され侮辱され、
理不尽な悲しみで、言葉にならないことも
たくさん起きるでしょう。

冷静に厳密に現実を見つめ、一歩一歩、
いつまでも歩き続け、語り続けるしかありません。
辛く長い道です。


被害者は、みんなそうして来ました。
杞憂であってほしいと願っています。
しかし、覚悟するしかないだろうと思います。

2011年6月12日日曜日

どさくさまぎれの、最終処分?

 福島県知事に環境省の次官が会いに来て、放射能で汚染された瓦礫を福島県外に運び出すのは難しいと言って帰った。
 知事の返答は、『県内に、このまま置く事は考えられない』だった。

 写真は『まちメディア』6月号の表紙写真の取材時に、いわき市久之浜町で撮影した。3月11日の津波の被災現場だ。このピアノは3月11日は、放射能で汚染されていなかった。
 もし汚染されたとすれば、3月12日以降。 原子力発電所事故で敷地外に、国と東京電力が放射能を出したからだ。
 汚染したのは、国と東京電力に管理責任のある原子力発電所の事故だ。責任は、ピアノの所有者ではなく、国と東京電力にある。
 もし、ピアノ所有者が瓦礫として処分して欲しいと望めば、安全に処理する責任は、国と東京電力にある。

 それが、地元感情だ。
 
 福島県内で土壌汚染が深刻化している。
 福島県郡山市で学校の校庭が汚染され、市が除染した時に出る汚染土を、どう処理するかの問題が残った。
 正義感からの発言だとは思うが、「校庭の砂を福島原子力発電所に運べばいい」との発言をテレビで聴いた。
 『報道ステーション』の解説者だ。

 2度目に、「原子力発電所に汚染土を運べ」という主張を聴いたのは『テレビタックル』のゲストの大学教授の発言だった。

 福島第一原子力発電所は福島県の大熊町と双葉町にある。汚染土を、この2つの町に運べという主張だ。
 軽率な発言ではないだろうか。

 核を使用して出た放射性物質の最終処理を、事故での汚染土壌であろうと、発電後の廃棄物であろうと、正義感や思いつきで決めてはいけない。
 国と東京電力の事故を起こしませんという約束があるから、福島県も2町も原子力発電所を受け入れているが、最終処分場は受け入れていない。

  どさくさまぎれの最終処分など、「考えられない」。

 環境省次官の『運び出せない』発言は、3度目に聴いた軽率発言だ。
 環境省次官の来県は、原子力発電所事故の加害者が被害者に損害の後始末を押しつけに来たと、住民として受け止めた。

 核廃棄物の最終処分は東京電力の本社所在地や、東京電力の電気を使っている地域も責任を分担すべきだ。国は、早急に受益関係者を集めて協議を始ねばならない。

 福島県知事の発言は、国の原子力政策の根本を問う重い言葉だ。

2011年6月9日木曜日

『原発事故にかかる仮払補償金請求』説明会

 6月9日、東京電力福島県原子力補償相談室福島県中小企業団体中央会が、いわき市内で説明会を開いたので出席しました。
 今回は第一次指針の第3項目「政府による避難指示に係る損害」のうち、中小企業(避難指示区域内)に対する補償の説明でした。

 東京電力社員2人が前で説明をしました。出席者は静かに話しを聞き、説明後の質問も穏やかなのが印象的でした。

 説明会の後、富岡町に食品流通加工の事業所を持っている人と話しました。

 「まだ虚脱状態で、天災ならとっくに動けるのに、原発事故は先が全く見えなくて、みんな身動きがとれないでいるんです。銀行が支払い猶予をいつまでするのか、その期限が来たとき倒れる所が多いと経営者は思っています。従業員さんは、もっと深刻です。すでに働く場所がなくて、避難所が7月までで閉鎖されると、仮設住宅に行くしかなくなります。生活費は自分で出さなきゃならないのに収入が無くて、就職のあてもない中にいます」と心配していました。

 いわきは動き始めましたが、双葉や相馬は時間がほとんど止まったままのようです。
 
 「再建に向かって活動を始めた人もいるけど、ほんとうに一握り、珍しいんだよ」

 原子力発電所から半径30キロ圏内でも、原発と関係のない会社が多く、それでも会場で静かに説明を聞いている中小企業家の姿を見ると、あらためて、東京電力と政府の罪深さを感じました。

2011年6月5日日曜日

いわき市の人口

 「いわきは、どうですか?」と、会津の人に尋ねられた。
 会津美里町では、仮設住宅を250戸建ったが入居希望が100戸しかなかったと言う。

 いわき市の仮設住宅は、約200戸に申込数が600戸以上あると報道されている。
 
 いわき市のホームページでは平成23年3月1日現在、総人口341,402人 世帯数128,754世帯のままで、4月、5月、6月の数字がない。

 いわき市が東日本大震災や原子力発電所事故に、どう向き合っているのかを知る基礎データが入手できない。

 いわき市教育委員会は、5月26日現在で転入した児童生徒数が1,015人、転出が924人と発表した。
 
 人口は増えているのか、減っているのか?

 一人ひとりが身の振り方を考え、この地に留まり、関わりのある人が去り、そして来た。
 たくさんの希望や思いや悩みが人口数と世帯数には詰まっている。 

2011年6月4日土曜日

事実の取り扱い。

 事実と意見の混同を見分けるのは難しい。
 時事的現象としてではなく、100年後を見る視点がないと、悲劇が起きているのを見過ごす事になるかもしれない。
 以前、いわき芸術館アリオスで『アトミックサバイバー』の取材をしながら、そう考えた。

 劇の中で「再処理工場からは、原子力発電所から出る『1年分』の放射性廃棄物が、『1日』で排出されます」というフレーズがあった。
 恐ろしいフレーズであるが、恐ろしくないフレーズでもある。
 原子力発電所の存在をどう考えるかで、同じ事実を、全く異なった意見の証拠として挙げる事が可能だ。

 原子力発電所から排出される放射性廃棄物は危険だと主張する側からは、365日分を1日で排出するのは深刻な環境汚染源という事になる。

 一方、原子力発電所は管理がしっかりしていて環境汚染の危険性はほとんどないと考える側だと、通常の365倍の放射性物質でも問題ない。
 なぜなら、原子力発電所の排出管理がしっかりして排出量がゼロに近くなるほど、再処理工場の排出倍率の数字は高くなるからだ。
 たとえば発電所が1で、再処理工場が365の排出なら、365倍(1年分)となる。
 だが、発電所が管理を強化して排出を0.1に減らすと、再処理工場365の排出率は3650倍(10年分)となる。

 同じ『1年分』の数字が、原子力発電所をどう見るかによって、異なった意見の証拠として挙げられる。

 放射線量と健康被害でも、同じ事が起きている。

 医療現場では『がん』を発見する方が放射線の危険よりも有益だと、防護数値から考えると高すぎるような線量を人体に照射している。
 一方、それより少ない積算線量で『がん』『奇形』『遺伝』が心配だと、恐怖を訴える人がいる。 

 チェルノブイリでの事故の後、放射線への恐怖心から妊娠中絶をしたり健康を崩す人達がたくさん出た。いわき市では、仕事を辞めて転出する若い世代の住民が相次いでいる。
 
 時事的にではなく視線を100年先に向けて、
 目の前の事実を、自分を勘定に入れず冷静に見る必要があると感じている。