2011年7月8日金曜日

いわき市の瓦礫 セシウムの沸点 責任

放射性物質に汚染された瓦礫処理について、
いわき市が住民代表へ説明会をしたとの記事が、
7月8日の朝日新聞福島県版に出ていた。

セシウムの沸点は摂氏671度だ。
燃焼によって気化する。

焼却場の排気からの放射能ガスを、
健康被害が発生しない水準まで、除去できる自信があるから、
いわき市は焼却処理するのだろう。
排気拡散は広範囲になる。

いわき市は責任を持って、市民に健康被害がないようにしてほしい。

住民代表に選ばれた人も、
昨日実施されたという説明に対して
しっかり判断をしてほしい。
理解や納得ができないなら、NOと言って欲しい。

住民の健康への責任は重い。

いわき市は、
どの程度汚染された瓦礫を、
いつ、どれだけ、どんな条件で焼却したかのデータを、
公開してほしい。

放射能汚染対策には情報公開も大切だ。

2011年7月3日日曜日

請戸の田植踊りと吉野ヶ里

福島県浪江町には伝統芸能の『田植踊り』がある。

8月に郷土復興のための公演をいわき市で行うために、
浪江町請戸の『田植踊り』の練習を、
避難先の二本松市で始めたと福島民友新聞に載っていた。

伝統芸能の『田植踊り』を、異郷で行うため異郷で練習している。
今、請戸地区は隣町にあった原子力発電所事故のため立ち入り禁止区域になっている。

農民で市井の民俗学者でもあった故和田文夫さんと一緒に、浪江町に行ったことがあった。

「『田植踊り』があるのは寒冷地で、稲作で冷害が多かった地方に残っている。いわき地方にはほとんどなくて、双葉や相馬地方にはある。『田植踊り』には厳しい自然に向きあう人達の祈りがある」
和田さんはそう話していた。

浪江町には阿武隈高地から太平洋に流れ込む請戸川がある。
雪や雨は、地下にもしみ込んで伏流水になり、浪江町で湧き出す。
浪江の名水だ。

この名水を使う酒蔵が昔からあり、製薬会社は栄養ドリンクを作っていた。
滋養のある水は太平洋に流れ込んで、沿岸は豊かな漁場になっていた。

浪江町は東北電力が原子力発電所の建設予定地にしている。
計画が発表されて30年が過ぎたが、建設には地元の反対が強く、
今だに建っていない。

隣接している双葉町は原子力発電所を誘致し増設を求めたが、
浪江町は原子力発電所を建設させなかった。
しかし、隣接した二つの町を放射能汚染は区別しない。

地域のために原子力発電所を積極的に誘致した町だけでなく、
地域のために阻止した町にも惨禍はやってきた。

同じ新聞紙面には、
国が佐賀県に原子力発電所の再稼働を求めている記事もある。

全電源喪失という原発事故にともなう交通の大混乱を想定すれば、外部応援は期待できない。
配備した電源車の電気で、稼働している原発全機の冷却装置を賄えるのか。

保安院が水素爆発対策とする『ドリル』は分厚いコンクリート外壁を貫けるのか。
コンクリート貫通の所要時間は、
作業の足場や、
貫通予定場所にたどり着く通路は、
ドリルを動かす電源は、
事故の混乱の中で確保されるのか。
そしてなにより、
だれが水素爆発の危険の中で行うのか。

せめて電動と手動の2系統をもつ複数の開閉口を建屋に設置するための、時間と手間を、
国や原子力発電所立地町が惜しんでいる。
国や電力会社、そして地元の町が、自らの安全思想を検証した形跡が見えない。
それを是とする政治家の安全に対する見識は肯定されるべきか否か。

発電所周辺には歴史に育まれたたくさんの町や村があり、
多様な生き方をしている人がいるだろう。
原子力発電所が事故を起こせば、
放射能汚染は、人生をかけて発掘を行った遺跡群『吉野ヶ里』も、丹精込めた農地も、豊かな漁場も容赦しない。
農地に山林に海に宅地に学校に、どの町にも、風に乗り区別なく放射能は降る。

我が町、郷土のための施策が、隣接町村に牙をむき、多くの町村に惨禍をもたらす。

浪江町請戸の『田植踊り』が異郷で奉納する「祈り」の重さを思うと、
報道で伝えられる佐賀県の原子力発電再開をめぐるニュースは、
関係者の動きが軽すぎるとしか思えない。

福島の悲劇が無駄にされるように思えてならない

2011年6月30日木曜日

ひまわりの種-2

ひまわりの種を配布していた、いわきのNPOの人から連絡をもらった。

わざわざ来て、運動の趣旨をていねいに説明してくれた。

ひまわりの栽培は、放射能で汚染された土壌を浄化する事を目的としている。
今年は、来年にむかって種を穫り、放射能吸収のデータを得る考えでいる。
また、この活動を始めた新潟のNPO法人では、国会議員と一緒に東京電力の本社に行っており、東京電力から協力をもらえるという話しもある。
嫌がらせなどの抗議活動などを目的にしていないとの事だった。

原子力発電所に持っていくという話しがあったため、
県や地元町の同意が必要と指摘したが、
最終処分をどうするかはっきりしていないが、
そもそもこの活動は、
いわき市の市民協働課から話しが来て始めたと、経緯も説明してくれた。

ひまわり栽培が土壌汚染の浄化を目的にし、
いわき市や東京電力が放射性物質の最終処分などで、この活動に関与しているなら、
私の心配は無用だと思った。

嫌がらせだと、決めつけるような解釈は間違っていた。
素直におわびしたい。

この話しは、東京電力の『協力』が最終処分や焼却などに協力するのか、
ひまわりの種の配布活動へのスポンサー協力だけかで、
放射性物質最終処分という難題の行方がかなり違ってくる。

そのため、東京電力の『協力』がどんな内容か確認したくて、
新潟のNPOの人に何度か電話したが繋がらなかった。

数日後いわきのNPOの人から、再度、電話をいただいた。
栽培したひまわりの処分方法を、いわき市と話しているが、
進まないと言う内容だった。

放射性物質の最終処分は、難題中の難題だ。
いわき市だけで責任ある回答はできないだろうと思う。

いろいろな動きがある。

農水省は飯館村で、ひまわりを植えて実験をしている。
こちらは、ひまわりの種が放射性物質を吸収しない事を調べようとしている。

いわきのNPOは種以外での放射能吸収を、農水省は種が吸収しない事を利用しようとしている。どちらも耕地の改良や保全を最終目的にしているが、その方向は逆だ。

ひまわりは放射能を効率よく吸収して土壌汚染の浄化に役立つという情報があるが、
一方、それは違うという情報がある。

播種期の今、ひまわりを植えようという動きや呼びかけもあるが、
汚染された物を大量に生産する事になるから、最終処分の方法が決まらない間は、
専門家と一緒でないなら手を着けないで、との呼びかけもある。

福島では放射能汚染にどう取り組むか、いろいろ動きがあるが方向が見えず、
最終処分の前で立ちすくんでいる。

2011年6月17日金曜日

ひまわりの種

昨日、ある集まりに出席しました。
会場の出口で、ひまわりの種を配っていました。

ひまわりは放射性物質の吸収率が高いという説がありますが、
それは間違いとの説もあります。

植えた後の処理を尋ねた人の質問に、
配布している人は「種は回収します」と言いました。
葉や茎は「東京電力の原発に運びます」と、笑顔で答えていました。
どこかのNPOが企画しているようです。

双葉町や大熊町は、持込みを認めているのでしょうか。
東京電力に対する、嫌がらせにしかならないのでは。

この2点を尋ねると、

双葉町や大熊町については、答えがありませんでしたが、
「原発ではなくて、たくさんある東京電力のどこかの敷地です」と、
前言を修正し、双葉町と大熊町ではないとの言い回しになりました。
東京電力については、
「フランスの装置でこれから放射能処理をはじめます」と回答してくれました。

フランス製処理装置は福島第1原子力発電所にあるはず、
汚染水処理と低レベル放射性廃棄物処理の混同など、
回答におかしな所がありましたが、
それ以上話していると、配布の妨害になるので再質問はやめました。

咲き終わったひまわりの茎や根を
福島県内から集めて、トラックに積んで
東京電力や原子力発電所の前で受け取れと、
テレビや新聞の記者を呼んで、気勢をあげるのでしょうか?

働いている人や、いま以上に汚染物質を持ち込まれる
町の人の事を考えると、胸が痛くなりました。

そんな『運動』が始まっています。
悲しい現実です。

放射能汚染は、私たちにとって現実生活です。
お祭りではありません。
正義感や思いつきだけではなく、
冷静に、そして厳密に対策を考えるべき問題です。

2011年6月13日月曜日

火ぶたが切られました。

環境省が、
原子力発電所事故の放射能汚染地域の住民に対して、
火ぶたを切りました。
放射能汚染瓦礫の最終処分は福島で行うと通告してきました。

足尾、水俣、神通川、阿賀野川、四日市、豊島。
被害者が本当の事を話し始めると、
周囲からは罵詈雑言を浴びせられ、疎まれ、
仲間からはずされました。

これが、住民にとって本当の戦いです。
差別され蔑視され侮辱され、
理不尽な悲しみで、言葉にならないことも
たくさん起きるでしょう。

冷静に厳密に現実を見つめ、一歩一歩、
いつまでも歩き続け、語り続けるしかありません。
辛く長い道です。


被害者は、みんなそうして来ました。
杞憂であってほしいと願っています。
しかし、覚悟するしかないだろうと思います。

2011年6月12日日曜日

どさくさまぎれの、最終処分?

 福島県知事に環境省の次官が会いに来て、放射能で汚染された瓦礫を福島県外に運び出すのは難しいと言って帰った。
 知事の返答は、『県内に、このまま置く事は考えられない』だった。

 写真は『まちメディア』6月号の表紙写真の取材時に、いわき市久之浜町で撮影した。3月11日の津波の被災現場だ。このピアノは3月11日は、放射能で汚染されていなかった。
 もし汚染されたとすれば、3月12日以降。 原子力発電所事故で敷地外に、国と東京電力が放射能を出したからだ。
 汚染したのは、国と東京電力に管理責任のある原子力発電所の事故だ。責任は、ピアノの所有者ではなく、国と東京電力にある。
 もし、ピアノ所有者が瓦礫として処分して欲しいと望めば、安全に処理する責任は、国と東京電力にある。

 それが、地元感情だ。
 
 福島県内で土壌汚染が深刻化している。
 福島県郡山市で学校の校庭が汚染され、市が除染した時に出る汚染土を、どう処理するかの問題が残った。
 正義感からの発言だとは思うが、「校庭の砂を福島原子力発電所に運べばいい」との発言をテレビで聴いた。
 『報道ステーション』の解説者だ。

 2度目に、「原子力発電所に汚染土を運べ」という主張を聴いたのは『テレビタックル』のゲストの大学教授の発言だった。

 福島第一原子力発電所は福島県の大熊町と双葉町にある。汚染土を、この2つの町に運べという主張だ。
 軽率な発言ではないだろうか。

 核を使用して出た放射性物質の最終処理を、事故での汚染土壌であろうと、発電後の廃棄物であろうと、正義感や思いつきで決めてはいけない。
 国と東京電力の事故を起こしませんという約束があるから、福島県も2町も原子力発電所を受け入れているが、最終処分場は受け入れていない。

  どさくさまぎれの最終処分など、「考えられない」。

 環境省次官の『運び出せない』発言は、3度目に聴いた軽率発言だ。
 環境省次官の来県は、原子力発電所事故の加害者が被害者に損害の後始末を押しつけに来たと、住民として受け止めた。

 核廃棄物の最終処分は東京電力の本社所在地や、東京電力の電気を使っている地域も責任を分担すべきだ。国は、早急に受益関係者を集めて協議を始ねばならない。

 福島県知事の発言は、国の原子力政策の根本を問う重い言葉だ。